第205話 なぜだ、〈サトミ〉

 「〈タロ〉様、こんな遅い時間にどうしたんですか」と〈サトミ〉が、少し離れた方から駆けてきた。

 〈トラ〉と〈ドラ〉の鳴き声を聞きつけたんだな。


 「〈サトミ〉こそ、こんな夜更けにどうしたんだ」


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉が先に聞いたんだよ。でも良いです。

 〈トラ〉と〈ドラ〉に、食事をあげてたんだよ。最後の仕上げが手間取って、少し遅れたんだ」


 「そうか。でも、夜、一人じゃ危ないだろう」


 「へへぇ、〈タロ〉様、〈サトミ〉のこと心配してくれるんだ。でも、ここは、館の敷地だから心配いらないよ」


 「そうだけど、夜は止めて欲しいな。〈サトミ〉は可愛いから、心配だよ」


 「あはっ、〈サトミ〉は可愛いいの。嬉しいな。〈タロ〉様が、止めろと言うなら、もう夜は出歩かないよ。それで良い、〈タロ〉様」


 「うん。そうしてくれたら、嬉しいよ」


 「へへぇ、〈タロ〉様も嬉しいの。良かった。そうだ、〈サトミ〉の質問は。〈タロ〉様は、どうしてここにいるの」


 「明日、王都に出発だろう。最後に〈サトミ〉と逢えないかなあと、思ったんだよ」


 「ふぁ、〈タロ〉様、それ本当なの」


 「もちろん、本当だよ。いつも、〈サトミ〉のことを考えているんだ」


 「あはっ、いつもは、大げさだと思うけど、それでも〈サトミ〉は嬉しいな」


 「あれ、〈サトミ〉は信じてくれないの」


 「むぅ、〈サトミ〉は、いつも〈タロ〉様を信じているよ。知らないの」


 「〈サトミ〉は、僕を信じているのか。それじゃ、〈サトミ〉をますます好きになっちゃうな」


 「あはっ、〈サトミ〉は、ずっと前から〈タロ〉様のことが大好きだよ。そうだ、〈タロ〉様に見せたいものがあるんだ。ちょっとここで待っててよ」


 〈サトミ〉は、小屋に入って、僕のあげたオルゴールを持ってきた。


 「〈タロ〉様からの贈り物を、さっきまで、一人で聴いてたの。〈タロ〉様が、王都へいっちゃうから、少し淋しくなったんだ」


 「そうか。気に入ってくれたんだね。僕も〈サトミ〉に、しばらく逢えないから淋しいな。でも、直ぐに帰って来るから、心配しないで待っててよ」


 「〈タロ〉様も、〈サトミ〉に逢えなくて淋しいんだ。それじゃ、〈サトミ〉が今から踊るから、〈サトミ〉をよおく見てよ。目に焼き付けてよ。〈サトミ〉のこと忘れないでよ」


 〈サトミ〉は、僕のために踊りを踊ってくれるのか。

 〈サトミ〉は、この前と同じオレンジのワンピースを着ている。

 踊るのに邪魔なのか、小屋でタイツを脱いできたようだ。

 背が低い割に長い素足が、殆どむき出しになってしまってる。


 オルゴールのゼンマイを巻いているので、「牧場のあの子は猫みたい」の曲に乗って踊ってくれるみたいだ。


 オルゴールの澄んだ音色が、夜空に解き放たれると、〈サトミ〉が踊り出した。

 ドレスを着たカラクリの女の子も、夜空のステージで、クルクル回りだした。

 〈サトミ〉も、クルクル回っている。

 〈サトミ〉は、カラクリの女の子に扮しているんだな。


 機械仕掛け人形のように、その場でクルクル回っている。

 手でバランスを取りながら、片足を軸に、もう片足で地面を蹴って、器用に回転している。

 やっぱり、運動神経は良いな。回転速度が、思いのほか速い。


 回転速度が上がるごとに、〈サトミ〉のワンピースの裾が、遠心力で浮き上がる。

 一回転、二回転、三回転と、裾が段々浮き上がってきた。


 〈サトミ〉の、ピンク色のムッチリとした太ももが、月明かりでチラチラ見えてしまっている。

 曲の最後の方になったら、ワンピースの裾は、すでに水平状態だ。

 〈サトミ〉の太ももは、もう根元まで見えている。


 しかし、下着がちっとも見えないぞ。

 あやっ、信じられない。〈サトミ〉は、黒色のショーツを履いているようだ。


 なぜだ、〈サトミ〉。なぜ、白じゃないんだよ。〈サトミ〉は、黒じゃないだろう。

 可愛い〈サトミ〉が、黒を選ぶなんて許せない。

 そんな色は、結婚して、倦怠期になってからにしてくれ。

 それにだ、根本的に許せないのは、夜に黒じゃ何も見えないんだ。


 僕の心の叫びが、夜空の星に放たれたが、決して届くことはなかった。

 五cmもいかないうちに、地面に落ちて泥まみれになっていた。

 とても悲しい。泣きたいよ。


 オルゴールの短いメロディが止んで、〈サトミ〉の踊りも終わった。

 ワンピースの裾は、もう翻ってはいない。


 でも、〈サトミ〉の太ももが、濃いピンクに色づいている。

 激しい運動の後だから、身体が上気しているんだろう。

 太ももが、濃いピンクになっているのは、何だかとてもエロティックだ。


 ピンクの太ももに、スリスリ頬ずりしたいよ。

 女の子から、女に変わる途中の、天然記念物的な太ももだ。今しか、頬ずり出来ないよ。

 〈サトミ〉は、もう直ぐ、少女ではなくってしまうんだ。少し惜しい。


 当の、〈サトミ〉は、荒い息を吐きながら話かけてきた。


 「はぁっ、はぁっ、〈タロ〉様、見てくれた。〈サトミ〉、一杯回ったよ。下着も白色じゃなかったでしょう。大人の色にしたんだよ」


 「〈サトミ〉、一杯見たよ。とても素敵な踊りだったよ。見せてくれて、ありがとう」


 やっぱり、下着は黒だったのか。泣きそうだよ。

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