第202話 合図

 〈クルス〉の頬から、耳の後ろの方へ、じらすように、ゆっくりと手の平を滑らせる。

 〈クルス〉の大理石みたいな緻密な肌を、指先の繊細な動きでなぞっていく。

 〈クルス〉の顔の輪郭を、暗闇の中で、測るように撫でて確かめた。


 僕の手が、〈クルス〉の肌の感触を、とても気持ちが良いと言っている。

 もっと、味あわせろと喚いている。



 〈クルス〉は、「んうん、〈タロ〉様」と呟いて、僕の手に自分の手を被せてきた。

 だけど、僕の手の動きを妨げるわけではなく、そっと添えているだけだ。


 「真っ暗で見えないけど、〈クルス〉が綺麗なのは、手で触っても分かるよ」


 「うふふ、〈タロ〉様の手は、〈タロ〉様の目と一緒で、私に甘いですね」


 「へぇー、そんなに甘いかな。一度、舐めてみる」


 僕は、指で〈クルス〉の唇を優しく撫でてみた。

 〈クルス〉の唇は、水気の多い果物みたに、プリュンとしている。

 僕の指先の動きに合わせて、しなやかに形を変えていく。

 そして、少し熱い。少し湿っていた。


 〈クルス〉は、「あん、〈タロ〉様。口紅が剥がれちゃいます」と切なそうに呟いた。


 でも、被せている〈クルス〉の手は、僕の邪魔をしようとはしない。

 自由に触って、と言っている。

 それどころか、〈クルス〉は僕の真似をして、僕の唇を同じように撫でてきた。


 暗闇が、見えないことが、〈クルス〉を大胆にさせているのかも知れない。

 〈クルス〉の細くて華奢な指が、僕の唇をおずおずと触っている。

 〈クルス〉のくすぐったい気持ちが、指先から僕に流されているようだ。


 「〈クルス〉、くすぐったいよ」


 「ふふ、仕返しです」


 僕達は、しばらく互いの唇を、互いの指先で愛撫し合った。

 二人の吐息は、二人の指をしっとりと濡らしていく。

 唇の上で、指を滑らせるための、潤滑油のように。


 吐息の中に、〈クルス〉の「あ、あっ」という喘ぎが、途切れ途切れに混じってくる。

 私の唇をこじ開けて、と言う合図のような気がした。


 そうなら、〈クルス〉の口の中に、指を挿し入れなければならない。

 〈クルス〉に、指を舐めて貰なければいけない。


 僕は、〈クルス〉の唇を割って、指先を入れよう試みた。

 だが、〈クルス〉は歯を閉じて抵抗してくる。

 なぜ、抵抗するんだ。合図をくれたんじゃないのか。

 でも、歯を開く方法はあるんだ。


 僕は、空いている方の手で、〈クルス〉の耳を触った。


 〈クルス〉は、「あっ、いやっ」って言ったから、僕の指は口の中へ滑り込んだ。


 僕の指は、〈クルス〉の口の中で、しばらくじっとしていた。

 僕の指が、〈クルス〉の口に馴染むまで、動かさない方が良いと思ったんだ。

 〈クルス〉の舌が、僕の指に慣れる時間が、必要だと感じたんだ。


 〈クルス〉は、「ふぁろたま」と指を口に入れられたまま、何かを訴えているようだ。

 これも、〈クルス〉からの合図だと思う。


 僕の唇を触っている〈クルス〉の指を、「チュル」と口へ吸いこんだ。

 〈クルス〉は、また「ふぁろたま」と言って、何かを伝えようとしているようだ。


 また、〈クルス〉からの合図か。

 もう僕の指は、〈クルス〉に馴染んで動かして良いんだと思う。

 僕は、指をほんの少し動かした。〈クルス〉の舌の上で。


 〈クルス〉は、ピクンと身体を一回震わせ、「ふはっ」って息を吐いた。

 もしかしたら、喘いだのかも知れない。


 僕は、〈クルス〉の指に舌を絡ませて、「チュル」と吸ってみた。

 〈クルス〉は、「ううっ」ってくぐもった声を上げた。

 僕の指が、口に入ったままだから、ちゃんとした声にはならないんだろう。


 僕は、乱暴な動きにならないように、〈クルス〉の舌の上で指を滑らした。

 〈クルス〉は、ピクンピクンと指の動きに合わせるように、身体を数回震わせて、「ふっっ」「ふっ」って息を小刻みに吐いた。

 喘いでいるのか、単なる息かは、表情が分からないので、想像するしかない。


 僕は、〈クルス〉の指に絡んでいる舌で、「チュル」「チュル」と何回も吸ってみた。

 〈クルス〉は、「ううううっ」って、さっきよりも長く、くぐもった声を上げている。


 また、〈クルス〉の舌の上で指を滑らす。

 奥の方も、舌の裏側にも。ゆっくりと優しい動きに、注意しながら。

 〈クルス〉の舌の隅々まで、万遍なく執拗な動きで、指を滑らした。


 〈クルス〉は、もう震えてはいない。太ももをこすり合わせるように、身体をくねらせている。

 喘ぎ声は、「ふっ」「ふっ」って短く荒くなっている。


 〈クルス〉は、僕には見えないけど、頭を振ってイヤイヤをしているようだ。

 僕の指から、逃げようとしているのかな。


 〈クルス〉は、自由になる手で、僕の胸を押してきた。

 これは、〈クルス〉の「止めて」の合図だったな。


 僕は、〈クルス〉の口から指を引き抜き、〈クルス〉の指も舌から解放した。

 引き抜いた指は、当たり前だけど、〈クルス〉の唾液で濡れている。

 部屋の中の僅かな空気の流れで、指が少しヒンヤリとした。

 〈クルス〉の指は、僕の唾液でベッタリと濡れているんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る