第200話 妹の質問

 「うふ、〈タロ〉様。優しいキスをされると、心が穏やかに満たされます。穏やかなのが嬉しいです」


 〈クルス〉に、そう言われると、激しくて濃厚なのは、やり難いな。

 〈クルス〉に先手を打たれてしまった。

 仕方がない、今回は〈クルス〉の希望に沿ってみよう。


 「分かった。優しくするように、気をつけるよ」


 僕は、顎から指を外して、〈クルス〉をしっかりと抱き寄せた。

 〈クルス〉も、僕の背中の手を回してきた。

 それから、もう一度キスをしようとした時、〈クルス〉の部屋がノックされた。

 コンコンと。


 「お姉さん、少しお話しても良い」


 僕は、一瞬パニックに陥った。

 少しの間、思考が上手く働かなかった。

 前回は大丈夫だったので、誰かが部屋に来ることを、全く想定していなかったんだ。


 今、窓から出るのは危険だ。いくら気をつけても、少しは音がしてしまう。

 隠れられる所は、どこか無いか。慌てて探すが、薄暗いから殆ど見えない。


 アワアワしていると、〈クルス〉が僕の手を引いて、ベッドの中へ誘導してくれた。

 〈クルス〉もベッドで寝転んで、僕達の上から薄い夏蒲団を掛けて、隠してくれる。

 隠蔽工作が、何とか完了だ。


〈クルス〉が、僕の耳元へ、「〈タロ〉様。声を出しても、動いてもいけませんよ。二人いると分からないように、私と密着してください」と小さな声でささやいてきた。


 〈クルス〉に言うとおりだ。一人しかいないと、見せかける必要がある。

 僕は無言で頷いて、〈クルス〉の背中側から、自分の身体を〈クルス〉に密着させた。

 頭が、すっぽり布団に隠れるように、身体をずらして密着した。


 そのため、僕の頭は、〈クルス〉の肩甲骨の辺りにある。

 手は、〈クルス〉の腰の下を、抱きしめる形になった。

 より密着するために、抱きしめた方が良いと考えたんだ。


 〈クルス〉は、一度「いやぁ」って、極小さな声で喘いだ。

 手探りだったので、僕の手がどこかに触れたのかも知れない。


 ベッドの上で、布団の中で、〈クルス〉と密着するのは、すごくドキドキする体験だ。

 〈クルス〉は、どうなんだろう。案外平気かも、知れないな。

 いざとなれば、女性の方が、度胸があるらしい。


 それにしても、頭から布団を被っているせいか、〈クルス〉をいつも以上に感じる。

 今、僕の感覚は、主に臭覚と触覚だ。視覚と聴覚は、布団に塞がれている。

 耳は、〈クルス〉がたてる微かな吐息を拾っているだけだ。


 〈クルス〉の息は、少し早くなっている気がする。緊張しているんだろうか。

 布団の中は、林檎のような甘い匂いと、〈クルス〉の僅かな汗の匂いで満たされている。

 そこに、〈クルス〉が出す匂いと分かるが、嗅ぎ慣れない微かな匂いが混じっている。

 僕を何かに駆り立てそうな匂いだ。


 触覚の方は、腹で〈クルス〉のお尻を感じ、手では腰骨の存在を強く感じる。

 腹の感覚では、〈クルス〉のお尻は柔らかいことしか分からない。

 腕の感覚で、〈クルス〉は痩せているが、腰骨には女性らしく脂肪がのっているのが確認出来た。

 そして、指の触覚は、〈クルス〉の素肌を感じ取っていた。


 慌ててベッドに寝転んで、急いで布団を引き上げたから、ネグリジェがまくれ上がったらしい。 〈クルス〉の太ももが、僕の指の先でむき出しになっているようだ。


 〈クルス〉のきめ細かい肌の感触が、指先から伝わってくる。

 指先は、僕の少し早くなった呼吸に合わせて、極小の動きを〈クルス〉の皮膚の上で行っている。

 指先を〈クルス〉の肌から、離す気はない。たとえ、バレる恐れがあってもだ。


 「お姉さん、光が漏れているから、まだ寝てないでしょう」


 「〈ハル〉さん、こんな夜更けにどうしたの」


 「聞きたいことがあるの。部屋に入っても良いでしょう」


 「もう寝るところだけど。少しだけなら」


 〈クルス〉の妹が、部屋に入ってきた。僕がベッドにいるのは、暗さもあって、バレてはいない。

 そもそも、〈クルス〉以外がこの部屋にいるとは、夢にも思っていないだろう。


 それにしても、〈クルス〉は、妹を「さん」づけで呼ぶんだな。

 〈クルス〉の妹は、扉を閉めてその場で立ったまま、〈クルス〉に話をするようだ。

 ベッドの近くまで来ないのは、有難い。バレる危険性が少なくなる。


 「一つだけ質問させて。お姉さんは、どうしてそんなに綺麗になれたの。参考にしたいの」


 「えっ、私が綺麗。私は綺麗ではないと思う」


 「今の言い方、少しムッとするな。お姉さんが、綺麗になったのは、疑いようのない事実よ。謙遜し過ぎは、嫌味にしかならない。ちゃんと答えてよ」


 「うぅ、それは。謙遜ではないけれど。良いわ。それは、〈タロ〉様が、私に霊薬を下さったからよ」


 「確かに、霊薬でお姉さんの病気が治って、見違えるようになったのは分かっている。

 さすがは霊薬だ。すごいと思った。でもそれは、以前が酷過ぎて、がりがりに痩せて幽鬼みたいな人が、平凡な娘になっただけよ。平凡な娘が、今みたいに綺麗になれた理由が知りたいの」


 「うぅ、それは。さっき言ったとおり、〈タロ〉様に頂いたの」


 「はぁ、さっきと同じ答えなの、お姉さん」


 「でも、これしか思いつかないよ。〈タロ〉様が、私のために命をかけられたの」


 「ふふん、分かった。良く考えたら、女なら当たり前のことね。参考にするような答えではないけど。私もそうなりたいな。お姉さん、答えてくれてありがとう。お邪魔しました」


〈クルス〉の妹は、聞きたいことが聞けたようで、部屋を出て行った。ニッコリと笑いながらだ。

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