第198話 花冠争奪戦

 この花冠を受け取ると、望ましい縁談が直ぐに現れるという、ジンクスがあるらしい。

 独身の女性が、虎狼の集団のように目をギラギラさせて、〈カリナ〉の前にたむろしている。


 血走った目で花冠を凝視しているが、見られている〈カリナ〉は、ニッコリと笑って嬉しそうだ。 

 今にも襲ってきそうな虎狼の集団を前にして、恐怖を覚えないのが、不思議に思う。


 最前列には、どうしたことでしょう。

 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さんが、陣取っている。

 おまけに、〈入り江の姉御〉まで、いるぞ。

 〈入り江の姉御〉は、さっきまで見かけなかった。まさか、このためだけに来たのか。


 カオス状態だと言おう。何でもあり過ぎだ。

 確かに独身だが、ここは若人に譲ろうよ。

 〈リーツア〉さんは、花婿の母じゃないか。

 ウケ狙いでも、そこまで身を張らなくて良いんだよ。

 この夏休に、新たな友達が出来て、娘時代の気分に戻ってしまったのか。


 後列の若い独身女性は、何だか機嫌を害しているようだ。

 何だかでは無い、原因は明白だ。

 「何このおばさん」っていう、白い目で三人を冷たく見ている。


 この雰囲気を前にしても、〈カリナ〉は、ニッコリと笑って嬉しそうだ。

 今にも血で血を洗う抗争を、繰り広げそうな集団を前にして、笑っていられるのが、不思議に思う。

 何か余程良いことでも、あったのだろうか。


 とにかく、花冠争奪戦は、混沌の中にあると言えるだろう。

 この後の展開が、予想出来て怖い。


 ふと、横を見ると許嫁達は大人しく座っている。

 花冠争奪戦には参戦しないのか。


 「〈タロ〉様、今、〈サトミ〉達を見たでしょう。花冠を受け取りに行かないのって、思ったんじゃないでしょうね」


 「〈タロ〉様、まさか、私達があの花冠を欲しいと思っていると、考えていないでしょうね」


 〈サトミ〉は疑うように聞いてくるし、〈クルス〉は僕を試しているようだ。

 危ないな。声に出さなくて良かった。

 僕も、そこまでバカじゃなかったようだ。


 花冠は、望ましい縁談が現れる、アイテムだからな。近未来を操作出来るアイテムだ。

 許嫁達が受け取ると、今、現れていない縁談が、直ぐ現れることとなる。

 逆に言うと、今、現れている縁談は、破談になるってことだ。

 今の縁談は望ましくないってことだ。


 つまり、僕とは、結婚しないことに繋がる、恐ろしい呪いのアイテムに変わってしまうんだと思う。

 多分、この推理はあっていると思うけど、ややこしいな。

 直ぐには、理解出来なかったよ。僕は、少しバカなんだと思う。


 「思ってないし、考えてもいないよ。三人とも、僕との縁談で良いんだろう」


 「えへっ、〈タロ〉様、そのとおりだよ。〈サトミ〉は、〈タロ〉様以外とは縁を結ばないよ」


 「うふ、〈タロ〉様、正解ですわ。あの花冠は、良い出会いを求めている方に渡すものです。私達はもう出会っています」


 許嫁達の機嫌を損ねなくて良かった。

 でも、何かピースが少ない気がする。何か足りてないな。

 そうか、〈アコ〉が、話に入ってきてないな。どうしたんだろう。


 〈アコ〉を見ると、怖い顔をして、虎狼の集団を突き刺すような目で見ている。

 まさか、心の奥では、花冠が欲しいと思っているのか。


 「もう、最悪。なんてみっともない。恥ずかしすぎますわ」


 〈アコ〉は、自分の母親を目で突き刺しているようだ。


 まあ、気持ちは分かる。僕が同じ立場だったら、堪らないと思う。

 帰ったら、確実に母娘喧嘩が怒りそうだな。巻き込まれないように、細心の注意をはらおう。


 満を持して、〈カリナ〉が、ニッコリと笑いながら、花冠を集団に投下した。


 「ギャー」「ゴラー」「ヒィ―」「ドケー」っていう、賑やかな悲鳴と、怒号が飛び交い、教会をビリビリと震わせ続ける。

 僕達も、ブルブルと震え続ける。


〈カリナ〉は、まだニッコリと笑ったままだ。さすがに、心配になってきたぞ。


 花冠は、千切れて小さくなり、歪んで形が崩れた後、名前を知らない若い娘さんの手に渡った。

 渡るべき人に、渡って良かったと、心の底から思う。


〈アコ〉も、「最悪の事態は免れましたわ」と胸を撫で下ろしていた。深い溜息もついていた。


 〈アコ〉の心労を労わるために、頭を優しく撫でて、声をかけてあげよう。


 「〈アコ〉、何と言ったらいいか。気持ちは分かるよ」


 「〈タロ〉様、ありがとうございます。結婚した後は、一緒に面倒を見てくださいね。頼りにしてますわ」


 げぇー、そうか、〈アコ〉と結婚すれば、義理とはいえ母親になるのか。

 それまでに、何とか落ち着いて欲しいな。


 〈アコ〉と〈サトミ〉が、同時に席を外す、タイミングが生じた。

 これはチャンスだ。〈クルス〉に、そっと耳打ちをして、忍んでいく日を決めよう。


 「〈クルス〉、いつだったら逢える」


 「あっ〈タロ〉様。二日後なら」


 〈クルス〉は、僕の耳元へ、顔を近づけて答えてくれた。

 間髪入れず、直ぐに答えてくれた。

 聞かれることを期待して、答えを用意していたのだろうか。


 答えた後は、真直ぐに前を見て、もう僕の方を見ようとしなかった。

 〈クルス〉の顔は、少し赤くなってた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る