第193話 僕の味方

 ケタケタと横の方から、遠慮のない笑い声が聞こえてきた。一人だけじゃない複数の笑い声だ。

 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さん、〈クサィン〉の奥さんの三人組だ。


 あっ、良く考えれば、〈クサィン〉の奥さんは、〈クルス〉の母親だった。

 これは、頭の中で修正が必要だな。

 〈クサィン〉が、〈クルス〉の実の父親じゃないので、変な認識をしていたぞ。

 〈クルス〉が、家族の中で浮いている様子だから、認識を間違えていた。

 〈クルス〉に悪いことをしたな。心の中で、謝っておこう。

 〈クルス〉さん、誠にすみません。以後気をつけます。


 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さん、〈クルス〉の母親が、僕達の方を見ながら、大きな声で笑っている。

 僕達と〈入り江の姉御〉の、やり取りを聞いて、笑っているようだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、それぞれの母親を睨みつけている。

 自分達は真剣だったのに、それを笑われるのが腹立たしいのだろう。


 「お母さん、あれ放っておいて良いの」


 〈クルス〉が、ボソッと母親に言った。僕と話す時とは、だいぶ感じが違うな。

 〈クルス〉の視線を追うと、〈入り江の姉御〉と〈クサィン〉が、何やら親密に話し込んでいるのが見えた。


 それを見た〈クルス〉の母親が、突然笑い顔から無表情になって、〈クサィン〉の方へズンズンと歩いていった。

 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さんは、それを見て、今度は「クスクス」と小声で笑っていた。 

 小声なのは、友達に遠慮したんだろう。

 笑ったのは、独身のため浮気される恐れがない、心の余裕なんだろう。


 〈クルス〉は、「ふー」って溜息をついて、僕の顔を見てきた。

 〈クサィン〉は、やっぱり初犯じゃないんだろうな。執行猶予期間中だったのかも知れない。

 〈クルス〉が、僕の顔を見たのは、どういう意味なんだろう。身に覚えが、全くないのだけれど。 

 あなたは、しないですよね、って言う確認なんだろうか。

 僕は純白なので、気にしないでおこう。


 しばらくして、〈アコ〉と〈クルス〉が一緒に手洗いにいったので、〈サトミ〉に服のことを聞いてみた。


 「〈サトミ〉、服のことだけど」


 「えへっ、〈タロ〉様のことを、からかってなんていないよ。〈サトミ〉を信じて。〈タロ〉様に、短いのを見せたら、喜んでくれると思ったの。〈タロ〉様と二人の時以外は、タイツをはいても良いでしょう。そうじゃないと、短すぎて、〈サトミ〉の足が全部見えちゃうよ」


 あれ、そうなんだ。〈サトミ〉は、純粋で真っすぐだと思っていたけど、あんな演技も出来るんだ。

 駆け引きが、僕より一枚上手じゃないか。

 僕は、〈サトミ〉の掌の上で、コロコロと転がされていたんだな。


 「そうか。僕に見せてくれたのか」


 「うん。〈タロ〉様、喜んでくれた」


 「うん。嬉しかったよ。僕は特別なんだな」


 「むっ、何言っているの。特別なのは、当たり前だよ。〈サトミ〉は〈タロ〉様のお嫁さんになるんだから、違うの」


 「そのとおりだよ。〈サトミ〉のお嫁さん姿は、とっても可愛いだろうな。今から楽しみだよ」


 「うんうん、〈サトミ〉も、すっごく楽しみなんだ。〈タロ〉様、もう少し待っててね」


 あぁ、周りに人がいなかったら、今直ぐ〈サトミ〉を思いっ切り抱きしめたいな。

 ついでに胸も揉みたいな。この雰囲気なら、拒否しないだろう。

 キスも一杯出来るのに。口惜しい。


 それから、許嫁達とたわいのない話をして、時間が過ぎていった。


 〈アコ〉の母親達三人組の話も、声が大きいから自然と聞こえてしまう。

 〈クサィン〉は、〈クルス〉の母親が無表情のまま近づいたら、慌ててどこかへ逃げていったそうだ。

 かっこ悪いな。反面教師にさせて貰おう。


 それとまた、〈クルス〉の母親の家に、遊びに行く予定らしい。

 お酒を飲みながら、カード遊びで、賭け事をしているみたいだ。

 頼むから、ほどほどの掛け金にしといてくれよ。

 のめり込んで、ギャンブル依存症にならないことを祈ろう。


 次に遊ぶのは、二日後の夜にしましょう、と会話が聞こえてきた。

 やった、二日後は〈アコ〉と逢えるな。


 〈アコ〉に目で合図を送ったら、〈アコ〉がウインクを返してきた。

 わぉ、知らなかった。〈アコ〉は、ウインクが出来るんだ。色っぽいぞ。


 僕もウインクで返したら、〈アコ〉がお茶を「ぷっ」と噴き出した。

 僕のウインクもどきを見て、笑いを堪えられなかったようだ。

 気管に入ったのか、ケホケホと咳きをしている。人を笑った報いだ。

 同情はしないが、背中はさすってあげた。

 涙を流して、悔い改めていた気がする。

 気管に入って、苦しかっただけの気もする。


 その後、試食会はお開きとなった。

 僕がお開きの挨拶を、することになったけど、誰も聞いてなかったよ。

 皆、お酒が入ってて、僕の挨拶を気づかないのか、そのままおしゃべりを続けている。


 身の置き所がないほど、悲しいな。領主の威厳が形無しだ。

 許嫁達が、私達はちゃんと聞いていましたよ。良い挨拶でした、と慰めてくれた。


 許嫁達だけが、僕の味方だよ。

 信頼出来るし、僕のためを考えてくれている。

 僕の唯一の身内だと思う。

 もう家族のようなものだ。


 他の人は、挨拶を無視する冷たい人達だ。僕は完全にすねたぞ。

 許嫁達が、心のよりどころだ。

 今まで以上に、許嫁達と絆を深めよう。

 許嫁達の全てに触れて、全てを知って、もっともっと親密になりたいな。

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