第184話 【許嫁、離反作戦】

 館で〈ドリー〉を見かけると、元気がない様子が目につく。


 〈カリナ〉と〈リク〉の結婚式が、近づくにつれて、元気が無くなっていく感じだ。

 「はー」「ふー」と、溜息も段々増えていっている。

 ぼーとしている時もあるようだ。


 「〈ドリー〉、元気が無いけど大丈夫か」


 「〈タロ〉様、何を仰っているのですか。私は、いたって普通にしています」


 普通にしています、って何だ。無理して普通を装っているわけか。


 自身は、普通じゃないことを自覚していないのか、したくないのかも知れないな。

 自分より年下の〈カリナ〉の結婚が、堪えているんだろう。

 結婚適齢期を過ぎているからな。


 妹が結婚するのに、〈カリタ〉が、全く慌てる様子が無いのが、一番の堪える原因だろう。

 最初は、他人の色恋と面白がっていたが、これはすごくマズイ気がしてきた。


 悔しくて、悲しくて、不安で辛くて、泣きたいのに、泣くのを我慢している。

 自分の感情を押し殺している、〈ドリー〉が心配だ。


 マジでムカつく野郎だな。イライラしてくる。

 うちの大事な〈ドリー〉を悲しませやがって、糞だ。


 でもここで、僕が怒っても何も解決しない。

 二人が親しくなった原因を、面白がって、作ってしまった責任もある。


 〈カリタ〉を呼び出して、結婚を申し込むように、命令しようと思ったが止めた。

 プロポーズは、命令でするものじゃ無いからな。


 そこで、【許嫁、離反作戦】を発動しよう。


 今日の鍛錬と執務は、全て中止だ。

 〈ドリー〉のために、今日は動くと言ったら、〈ハパ〉先生も、執事の〈コラィウ〉も「吉報を待っています」と言ってくれた。


 皆、〈ドリー〉のことを、心配してくれている。

 皆、〈カリタ〉とのことも、知っている。


 毎日弁当を届けて、話し込んでいるんだから、当然だな。

 いけない。また、フツフツと腹が立ってきた。


 まず、鍛冶屋の〈フィイコ〉のところへ行って、作戦の協力を求めた。

 〈フィイコ〉は、直ぐに協力すると言ってくれた。


 〈ドリー〉のことを心配してくれていたし、作戦にすごく乗り気だ。

 強面の顔に、ニヤニヤ笑いが張り付いて、何とも言えない怖い顔になり果てている。

 何か空恐ろしいことを、考えている魔王のようになってしまった。


 どうも、コイツは、この作戦を楽しもうとしているな。

 〈ドリー〉と、〈カリタ〉の将来がかかっているのに、不純なヤツだよ。


 やる気満々で、僕がまだいるのに、恐ろしい声で何かをブツブツと練習している。

 世界を滅ぼす、魔王の呪文じゃないことを祈ろう。


 まあ、動機はどうあれ、やる気があるのは良いことだ。


 次は、許嫁達を作戦に引き込もう。


 小屋に三人に来て貰って、作戦を説明した。

 最初は、「嫌です」「そんな作戦したくありません」「〈タロ〉様、酷い」と渋っていたが、〈ドリー〉のためだと言って、無理やり承諾させた。


 許嫁達が、こんなに嫌がるとは思っていなかった。

 この作戦は失敗だったか。でも、今更止められない。〈ドリー〉のためだ。


 館の大広間で、僕と三人の許嫁達がスタンバっているところに、鍛冶屋の〈フィイコ〉が〈カリタ〉を連れてやってきた。


 「お前達三人は、僕に愛想をつかして、婚約を解消すると言うんだな」


 「そうです。〈タロ〉様は、人の心を弄びました。

 〈ドリー〉さんは、可哀そうに病気の一歩手前ですわ。

 〈ドリー〉さんと〈カリィタ〉を、面白がって合わせたくせに、何の責任も取られません。

 もう愛想がつきました」


 「私も同じです。〈タロ〉様には、人を思いやる心がありません。

 〈ドリー〉さんを、〈カリィタ〉さんと共謀して、虐めて楽しんでいます。

 そんな、人とは、もうやっていけません」


 「〈サトミ〉も、〈タロ〉様は酷い人だと思うよ。

 〈ドリー〉さんは、すごくやつれてしまって、見ていられないんだ。

 〈カリィタ〉さんも、どうかと思うけど、〈タロ〉様は人間じゃないよ。

 もう一緒にいたくない」


 「そうか。そう言うんなら、引き留めたりしないよ。婚約解消だ。僕達は今日から赤の他人だ」


 許嫁達は三人とも、涙を流しながらの迫真の演技だ。

 表情も、ものすごく暗くて、恨みがましい顔が、とても嘘だとは思えない。

 見たこともない怖い顔で、きつく僕を睨みつけている。


 まじで、恨んでいるの。

 ひょっとして、本当に言われているかと、一瞬疑いかけた。


 本当だったら、どうしょう。少しチビってしまった。


 「あああああ、ご領主様、婚約者の方々、考え直してください。どうかお願いします。

 私が悪いのです。ご領主様は、何も悪いことはされていません。

 ご領主様は、〈ドリー〉に逢わせて頂いた恩人なんです」


 「逢わせたことが悪るいと、申し上げているのですわ」


 「〈カリィタ〉さんと逢ったことが、〈ドリー〉さんを苦しめているのです」


 「〈サトミ〉なら、〈ドリー〉さんの今の状況には、耐えられないよ」


 許嫁達が、真っ赤に泣きはらした目を〈カリタ〉に向けて、強い口調で糾弾している。

 刺すような真っ赤な六の目と、怒気をはらんだ言葉が、物凄い迫力だ。


 呪い殺されそうで、大変怖い。どうしょう。また、少しチビってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る