第182話 赤い薔薇の蕾

 でも、暗い路地を歩いてきたから、闇に慣れて、何とか部屋の様子を見ることが出来た。


 〈クルス〉の顔も、着ているパジャマも薄っすらだが見える。

 〈クルス〉は、丈も袖も七分くらいの、青っぽい薄い生地のパジャマを着ているようだ。

 〈クルス〉の表情とパジャマの色は、ハッキリとは分からない。


 「ふー、〈タロ〉様。本当に来られたのですね」


 〈クルス〉は、僕に近づいて、小声で話してきた。

 何言っているんだ、〈クルス〉は。変なことを言うよ。


 「僕は、〈クルス〉に嘘なんかつかないよ。〈クルス〉と、二人切りで逢いたかったんだ」


 僕は、〈クルス〉の耳元へ小声で言った。

 〈クルス〉は、くすぐったいのか、身体をピクンと震わせた。


 「ふぁ、私も、〈タロ〉様と逢いたかったです」


 〈クルス〉が、そう言ったので、僕は〈クルス〉の背中に手を回した。

 〈クルス〉も、僕の背中に手を伸ばしてきたので、〈クルス〉をしっかりと抱きしめた。


 「ふふふ、こうして〈タロ〉様に抱きしめられて幸せです」


 〈クルス〉は、僕の肩のあたりに頭を預けて、両手で僕に抱き着いている。

 薄暗いからか、パジャマの生地が薄いからか、いつもより〈クルス〉の身体の凹凸と熱が伝わってきた。


 いつもより、〈クルス〉の胸が生々しい。

 いつもより、〈クルス〉の下半身が熱い気がする。


 僕は、人差し指を〈クルス〉の顎に添えて、〈クルス〉の顔を上げさせた。

 〈クルス〉は、僕の指に素直に従い、顔を上げて、僕の方は向いた。


 薄暗い部屋の中で、〈クルス〉の唇だけが、真っ赤に浮き上がっている。

 闇の中で、開かれるのを待っている、赤い薔薇の蕾のようだ。

 僕は、〈クルス〉を見詰めながら言った。


 「〈クルス〉の唇が赤い」


 「〈タロ〉様が来られるから、口紅だけは塗って待っていました」


 僕は、〈クルス〉の唇に激しく唇を押し付けて、吸った。

 唇の位置を変えながら、何回も吸った。


 薄暗いからか、唇が赤いからか、僕はいつになく興奮していたと思う。


 唇を吸うのが激しくなって、「チュパ」「チュパ」という音が、暗がりの中、大きく何回も響いていた気がする。


 「んうん、〈タロ〉様。音が。音が聞こえちゃいます。そんなに、私の唇を強く吸わないで」


 「分かったよ。もう吸わないよ」


 今度は、唇の間を割って、舌で〈クルス〉の舌を撫でまわした。口の中全てもだ。

 〈クルス〉の舌を撫でまわすたび、〈クルス〉は「ヤッ」「ヤッ」と声にならない声を上げ続ける。

 「ピチャ」「ピチャ」という舌が絡まる音が、薄暗い部屋に響いた気がする。


 「あぁ、いや。いや。〈タロ〉様、音が。音が恥ずかしいです。そんなに、何度も私の舌を舐めないで」


 「ごめん、〈クルス〉止まらないんだ」


 続けて僕は、〈クルス〉の舌と口の中を撫でまわした。

 〈クルス〉は、「はあん」「いやっ」と断続的に声を上げ続いている。

 声色に艶が出てきている気がする。甘えたような声に聞こえてしまう。


 僕は、〈クルス〉のお尻と胸に手を伸ばして、両方同時にまさぐった。

 〈クルス〉のお尻は、薄い生地の下で、柔らかく僕の手を跳ね返してくる。

 〈クルス〉のおっぱいは、薄い生地の下で、僕に揉まれて形を変えていた。


 〈クルス〉は、身体をくねらせて、逃れようとしている。

 でも同時に、腕の中で熱い身体をくねらすのは、僕の興奮を誘っていることにしかならない。


 〈クルス〉は、僕の胸に手を当てて、僕を押しのけようとしてきた。

 でも、力がほとんど入っていない。


 僕は、〈クルス〉の甘い声と、熱い身体を感じて止まらない。

 そして、〈クルス〉は力が抜けて、ダランと手を降ろしてしまった。

 身体は、吃驚するくらい熱くなっている。


 〈クルス〉は、僕に口を塞がれながら、「〈タロ〉様」とか細い声で呼んだ。


 「ごめん、〈クルス〉。やり過ぎた」


 「はっはっ、んうん。〈タロ〉様、やり過ぎです。

 舌が弱いと知っているでしょう。お尻も胸も、こんなの触り過ぎです」


 〈クルス〉は、少し息が乱れながら言った。声には、まだ艶が残っていたと思う。

 表情は薄暗くて良く分からなけど、口調は厳しかった。怒っているみたいだ。


 「ごめん、怒っている」


 「少し怒っています。胸を押したところで、止めて欲しかったです」


 「すいません。これから、そうするから、機嫌を直してよ」


 「〈タロ〉様、前にも同じように言われていましたよね。

 猿ではないのですから、ちゃんと学習してください」


 酷いな。猿って言われちゃったよ。僕もほんの少しだけ、そうかとも思うけど。

 何回もやっているから、今度は相当怒っているな。


 僕は、〈クルス〉をギュッと抱きしめながら、

 「〈クルス〉のことが、好きでたまらないんだ。だから、止められなかったんだ」

 と弁解した。


 「ふぅ、そんなことを言われたら、もう何も言えないじゃないですか。

 私も〈タロ〉様が、好きでたまりません。

 今日も、早く逢いたいって、ドキドキしながら、待っていたのですよ」


 「じゃもう怒ってない」


 「ええ。怒ってはいません。でも、私のことをもう少し大切にして頂けると嬉しいですね」


 「分かったよ。反省しています」


 「約束ですよ。破られたら、私は悲しくなります」


 〈クルス〉の雰囲気は、元に戻って、今は穏やかな感じだ。


 「〈タロ〉様、名残惜しいのですが、こんな遅い時間です。

 今日は、もうお帰りになってください。寝られないと、明日に差し支えますよ」


 「そうだな。今日は、もう帰るよ。また来るよ」


 そう言いながらも、〈クルス〉が僕の袖を引っ張ったので、僕は〈クルス〉を抱き寄せて、キスをした。


 「〈タロ〉様、くれぐれも気を付けて降りてくださいね。〈タロ〉様、お休みなさい」


 〈クルス〉に見送られて、僕は雨樋を降りて行った。

 〈クルス〉は、窓から身を乗り出すようにして、僕を見送ってくれている。


 〈クルス〉の方が明るいから、僕のことは見えないと思うけど、ひょっとして〈クルス〉には見えているのかな。


 〈クルス〉の視線が、僕を捉えていた気もする。

 同時に、〈クルス〉の身体の残熱も、伝わってきた気がする。

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