第177話 塩漬けの魚

 ほー、と溜息をついて考えてみた。


 今日の〈クサィン〉家での食事会だ。

 頭を切り替えるのが目的だから、今日は無理やり案を出す必要はない。


 考えた結果、〈アコ〉の母親と〈リーツア〉さんも、来てもらうことにした。

 相手の貴族の状況や、王都の飲食店事情を聴くのは、参考になると思ったからだ。 

 良い案を出すため、少しでも取っ掛かりが欲しかったんだ。


 二人に、食事会に参加してくれないかと頼んだら、二つ返事で承諾してくれた。

 領内の観光にも飽きて、暇してたらしい。とても楽しみだと喜んでいたよ。


 夕方になったので、僕と〈アコ〉の母親と〈リーツア〉さん、の三人で、〈クサィン〉家へ出発だ。

〈クサィン〉を始め、しっかり者の奥さん、お嬢様風の二女、腕白そうな長男が、わざわざ玄関に並んで出迎えてくれる。


 その後ろには、〈クルス〉が遠慮がちに立っていた。

 茶色の地味な服を着て、目立たないようにしているようだ。

 自分の家では、今も、昔からの行動をとってしまうんだな。


 でも、僕を見つけると、顔がパッと輝いて、嬉しそうに見えた。

 僕も、「来たよ」って感じで、〈クルス〉にニコッとうなずいた。


 その場で、互いに挨拶を交わして、家の中に案内された。


 食卓の上には、所狭しと御馳走が並べられて、お酒のグラスも用意されている。

 僕達のために、豪勢な料理を作ってくれたようだ。

 〈クサィン〉に負担をかけた気もするが、御用商人なら仕方が無いだろう。


 陸運業者代表の〈レィイロ〉は、早めに来てたようだ。

 食卓の椅子に座っていたが、腰を浮かして、僕達に挨拶してくれた。

 〈クサィン〉の奥さんに、案内されて、僕達も椅子に腰をかけた。


 僕に、〈アコ〉の母親と〈リーツア〉さん、〈クサィン〉と奥さん、それに〈レィイロ〉の、総勢六人の会食だ。

 指名されたので、僕が簡単な乾杯の挨拶を行い、食事会が始まった。


 食事はどれも美味しくて、奥さんに「とても美味しいです」と、皆が口々に賛辞を贈った。


 奥さんは、「たいしたものでは無いのに、褒めて頂きありがとうございます。娘達も、沢山お手伝いしてくれたのですよ」と微笑んでいた。


 きっと、〈クルス〉も一生懸命に作ってくれたのだと思う。

 良く味わって食べなきゃいけないな。


 食事中の会話も、たいそう弾んでいた。いや、弾んでいたのは半分だけだ。

 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さん、〈クサィン〉の奥さん、の女性三人がおしゃべりに夢中だ。ずっと、ケラケラ笑って話し込んでいる。


 ただ、途切れず話しているのに、お皿の上の料理が、次々と消えていくのが不思議でしょうがない。

 口を使って話しながら、耳で相手の話を聞くように、会話をしながら、たぶん鼻で料理を吸い込んでいるのだろう。

 特殊な技能と言うしかないな。


 こんな感じなので、〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さん、に貴族と飲食店の情報を聴くタイミングも無かった。

 男性陣は、女性陣に気圧されて、お酒をちびちび飲んで、ほぼ無言に近い。

 時折、ボソボソとか細い声で、途切れ途切れにしゃべっていただけだ。

 岩塩の問題を抱えているので、心から楽しめなかったのかも知れない。


 僕も、食べるか飲むしかすることが無かったので、少しだけお酒を飲んで間を持たしていた感じだ。


 食事会も、中盤に差し掛かった時、〈レィイロ〉が、「何か良い案はないですかね」と思わずつぶやいた。

 ずっと会話をしてなかったから、つい口から出たのだろう。


 このつぶやきで、半分賑やかだった食事会は、その半分もシーンとしてしまった。


 〈アコ〉の母親と、〈リーツア〉さん、〈クサィン〉の奥さんが、娘の婚約者と、息子と自分の雇用主と、自分の夫が、あまり笑える気分じゃ無いと改めて気づいたようだ。

 少し、はしゃぎ過ぎたと思ったのかも知れない。


 そんな中、〈クサィン〉の奥さんが、今夜のメインディッシュを出してきた。

 さすが、しっかりしたやり手の奥さんだ。場の空気を読むのが上手い。


 メインディッシュは、姉御に貰った獲れたての魚だ。

 僕が、今晩の食材として、事前に提供しておいた。

 僕に気を使って、メインディッシュにしてくれたようだ。


 大きな魚を炭火で焼いて、全体に餡がかけられている。

 脂がのった魚で、かけられている餡も良く合っていた。


 これも大変美味しい、さすがメインディッシュにしただけのことはある。

 良く見ると、食べないヒレにも塩が、一面に塗ってあるようだ。

 ヒレを焦がさず、綺麗に焼くためなんだろう。

 芸が細かいな。


 ―魚―、うーん、―塩―、うーん。


 「あっ、そうだ。魚と塩を組み合わせたらどうだ」


 「ご領主様、魚には塩を振っておりますが、塩味が足りなかったのでしょうか」


 〈クサィン〉の奥さんが、ちょっと心配そうな顔で聞いてきた。


 「違うんだ。塩加減はちょうど良かったよ。岩塩減少分を補完する商売の話だよ」


 「魚と塩というと、塩漬けの魚ですか」


 〈リーツア〉さんが、的確な質問をしてくれた。


 「そうだよ。塩漬けの魚だよ。塩を使った干物も良いかも知れない」

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