第176話 つれねえ

 何日か後、御用商人の〈クサィン〉と陸運業者代表の〈レィイロ〉と話し合いを行った。

 朝から延々昼まで話し合いだ。

 疲れる。精神的にも。


 「〈クサィン〉、新規鉱山の《シラ》男爵はどういう戦略なんだ」


 「それは。戦略とまでいきませんが。こちらの取引先を奪おうとしています。

 うちが押さえている商店に安売り攻勢をかけてきています。

 他の領地の岩塩は、結構やられているようです」


 「それじゃ、向こうも儲からないな。市場占有率をあげたいのか」


 「殆ど、儲けはないと思います。

 新規の鉱山ですから、全く捌けないよりはマシだということですね。

 当然、市場占有率をあげたいと思っているはずです」


 「他の領地の岩塩は、苦戦しているのか」


 「そのようです。採掘費用がかさむ鉱山では、値下げが困難なので客を取られているようです」


 「相手の鉱山は、採掘費用が安いのか」


 「遠く離れた他領なので、ハッキリとは分かりませんが、人里離れた山奥と言われています。

 今頃、見つかったのはその立地のせいでしょう。当然、採掘費用は安く無いはずです」


 「新規の岩塩鉱山が発見されたからは、うちの市場占有率が下がって、儲けの幅が狭くなるのはどうしょうもないな」


 「それは、ある程度、致し方無いですね。どれだけ被害を押さえるかです。

 儲けの幅は狭くなっても、市場占有率は確保したいと考えています」


 「市場占有率は、信用にも、市場での影響力にも、その他諸々にも、大きく関わるからな」


 「王国一の販売量は死守する予定です。相手が根をあげるまで争うしかありませんね。

 上手くいけば、うちの市場占有率をあげられ可能性もあります」


 「ご領主様と〈クサィン〉の旦那。

 今の状況は分かったが、これ以上仕事の量や料金が減るのは困るんだよ。

 こちとらの、生活がかかっているんだ。何とかならないか。このとおり、頭を下げて頼むよ」


 「うーん」「うーん」と僕と〈クサィン〉は唸った。

 唸っても、何も良い案は出て来ない。「うーん」と言う声だけだ。


 「お二人とも、「うーん」、だけでは困るんだよ、お願いだから、何とかしてくれよ」


 〈レィイロ〉の背中には、沢山の部下が張り付いている。

 部下の背中には、もっと沢山の家族が張り付いているはずだ。

 何も、成果が無かったでは、のこのこと帰れないのだろう。


 でも、何も思いつかないな。


 〈クサィン〉も、このままじゃマズイと思ったようだ。

 〈レィイロ〉が激高して喚きでもしたら、こちらサイドの結束が壊れてしまう。


 「ご領主様、〈レィイロ〉さん、今直ぐに良い案は出ないと思います。

 ここで考えていても煮詰まってしまうだけです。今晩、家にいらしてください。

 楽しく料理を食べ、お酒を飲んで、一度頭を切り替えましょう」


 楽しくなるかは、疑問だが、ここで「うーん」「うーん」と唸っているのは、バカのすることだ。 

 トイレで気張っているのでは、無いからな。


 少し考えて、僕と〈レィイロ〉は、〈クサィン〉の言うとおりすることにした。


 この日は、また陳情があった。

 立て続けに同じようなことが、起こるのはどういうわけだ。

 そういう巡り合わせの日かも知れない。


 「ご領主様、いつまで経ってもお呼びがねえから、痺れを切らしてきちまったよ。

 ずっと、首と身体を洗って待ってたんだぜ。つれねえ旦那だよ」


 「あたしと娘の二人を忘れるたぁ、ご領主様の目ん玉は、どこを見ていなさるんだ。

 ほんに、ご領主様は、つれねえ御仁だな」


 〈ラング入り江〉の姉御と母親の妖狐母娘が、館に押しかけてきた。

 お土産なのか、大量の魚と干物を持参している。


 姉御は、濃厚な化粧で顔を彩り、とてもアラフォーには見えない。

 着ている服も、露出が多くて、けばけばしい色遣いだ。

 原色が目に突き刺さる。


 すっかり化けて、今はアラサーと言えなくもないほどだ。

 醸し出す雰囲気も、ジュクジュクと音がするような、妖艶さをまとっている。

 跡形が無いほどの変身だ。

 きっと、効能が高い木の葉をつかったんだな。


 派手な女性が好きな人なら、必ず騙されるだろう。

 でも、僕は釣られないぞ。許嫁がいるからな。


 母親の方も、なんと顔を真っ白に塗っている。

 あれだけ皺が深く刻み込まれていたのに、今はあまり目立たなくなっている。

 物凄い化けぶりだ。

 きっと、秘伝の白い煙に包まれたのだろう。


 中年のおっさんなら、必ず騙されるだろう。

 でも、僕は釣られないぞ。まだ、中年じゃないからな。


 「姉御たち、ありがとう。魚と干物は有難く貰っておくよ。

 忘れていたわけじゃなくて、忙しかったんだよ。

 大量の魚をどうするかは、考え中だ。もう少し待ってくれ」


 僕は、母娘に向かって早口でまくし立てた。

 早く帰って欲しかったんだ。


 大量の魚をどうするか、何も考えてなかったし、そもそも、二人のことをすっかり忘れていた。

 それに、化けっぷりが尋常じゃないので、正直怖かったんだ。

 危険を察知して、首の後ろの毛が、今もチリチリと逆立っている。


 今から執務で忙しいと言い続けたら、母娘はブツブツと言いながら、渋々帰っていってくれた。

 助かった。魂は無事だった。

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