第175話 僕の抹殺指令

 帰りの集合場所に着くと、皆はもう集まっていた。


 〈アコ〉の母親と〈リーツア〉さんは、また、「あっはっは」「おほほほほ」と大きな笑い声を出していた。

 今度は、「茹でて固くなった尖がり豆」の話をしているようだ。

 この人達はどこへ向かっているのだろう。

 当然、紅水晶は見つけていないようだ。

 

 少し離れたところで、〈リク〉と〈カリナ〉が、枯れ木で何やら作っている。

 こんなとことで、まさか〔歩行器=オブジェ〕を作っているのか。


 「〈リク〉、こんな所で、いったい何を作っているんだ」


 「ご領主様、簡易なソリを作って、石を運ぶのですよ」


 「紅水晶を見つけたのですが、大きな母岩にくっついているのです。

 だから、母岩ごと〈リク〉さんに運んで貰うのです」


 〈カリナ〉が嬉しそうに、そうするのが、当然のように言った。


 たしかに、そばに一抱えぐらいある大きな石が転がっている。岩と言って良いかも知れない。

 大きな汚れた茶色の塊だ。紅水晶がどこにあるのか、想像も出来ないな。

 でも、〈リク〉、頑張れよ。愛とは重いものなんだな。


 帰りは、〈アコ〉と手を繋いで帰った。


 「〈アコ〉、お母さんの前で照れくさくないの」


 「もちろん、照れくさいですわ。でも、もう、しょうがないのです」


 「えっ、しょうがないって、どういう意味なの」


 「簡単に言うと、〈タロ〉様と手を繋ぎたいのが勝ったのですわ」


 「そうなの。勝ったの」


 「段々、色々勝ってきていますわ」


 〈アコ〉が、良く分からないことを言うけど、手を繋げるのなら文句は言うまい。

 手を繋ぐのは、手だけでは無く、心も繋がるような気持ちになれる。

 今日は、紅水晶を見つけた幸せを、少し〈アコ〉から分けてもらおう。


 調子に乗った僕は、指を絡ませて、恋人繋ぎに変えようとした。 

 〈アコ〉は、少しも嫌がらずに、ニッコリと笑って、自分も指を絡ませてきた。


 夕暮れの道を〈アコ〉と二人で歩く。

 これから、どのくらい二人で歩くか、分からないが、この気持ちをいつも噛みしめていたい。

 これから先も、二人で笑いあって、歩きたいと願った。


 後ろから、爆笑が起こった。


 〈アコ〉の母親と〈リーツア〉さんだ。

 また、何か小話でも披露しあっているのだろう。


 「うー。お母様ったら、良い雰囲気をぶち壊してくれましたわ」

 〈アコ〉が怒っている。また、帰ったら親子で言い争いだろうな。


 その後ろでは、夕日の中粗末なソリを引く、二人の姿があった。


 〈リク〉はソリを引き、〈カリナ〉はソリを押している。

 二人とも、汗だくで歯を噛しめて、引いて押している。


 結婚前の男と女が、協力して困難に立ち向かっている、良い絵だと思えなくもない。

 ただ、バカじゃないかとも思う。

 後で、馬でも連れて取りに来たら、簡単じゃんとも思う。


 夕暮れの道に、六人の影がどこまでも伸びていく。

 石の影も長い。大きさが、岩だからな。


 恐れていることが起こった。


 〈サヤ〉と〈リク〉と〈ハパ〉先生と〈ハヅ〉までもが、僕をガンガンに責めてきた。


 もう執務のピークも過ぎたはずだから、いい加減に、鍛錬を始めろという脅しだ。

 〈ハヅ〉までもが、鍛錬をしたいと言うとは、驚きを通り越して、魔訶不思議だ。

 良く分からないが、彼女の影響に違いない。


 僕は囲まれて、四人にさんざん小突き回された。精神的にだけど。


 四対一では、とてもかなわない。僕は根負けしてしまった。根性が無いからな。


 朝から鍛錬で、昼からは執務となってしまった。

 許嫁達と遊ぶ時間がないぞ。どうするんだよ。


 朝の鍛錬は、これまで以上に厳しい。

 相手が、〈サヤ〉と〈リク〉と〈ハパ〉先生と〈ハヅ〉の、四人もいるからな。

 一回ずつ相手をしても、死ぬほど疲れる。


 それに〈ハパ〉先生が、「ご領主様はもう一人前です。手加減は必要ありません」と、僕の抹殺指令を出してしまった。

 〈ハパ〉先生に一人前と言われたのは、死ぬほど嬉しいが、生死を彷徨うような鍛錬は嫌だ。

 断固、拒否したい。


 僕の抵抗に対して、〈ハパ〉先生は「ご領主様なら大丈夫です。きっとやり遂げられます。私は信じています」とニッコリ笑って断言されてしまった。


 こう言われては、僕になすすべがない。

 夏休み中、僕の悲鳴とすすり泣きが、《ラング》の町に響いていたと思う。


 また、執務も一区切りついたからと、最大の懸案事項の協議に入った。

 放置も出来ないしな。


 岩塩問題だ。

 新規鉱山の領主は、値段を大きく下げて、顧客を奪いに来ているようだ。

 当方も、値段を下げて応戦しているが、徐々に顧客を奪われているみたい。

 マズイことになっている。


 幸いなことに、借金の返済も終わっていて、農場も順調なので、今直ぐどうかなってしまうことは無いが、

 入ってくる収入が、ガタ減りだ。


 おまけに、岩塩を一手に扱ってきた陸運業者が、荷が減って死活問題とねじ込んできているようだ。

 それはそうだろうけど、こっちも収入が減っているんだよ。どうにも出来ねよ。


 難しいこと、嫌なことに関わりたくないな。

 許嫁達と楽しく、ソラ、キャ、ウフ、ハハ、としたいのに。悲しい限りだ。

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