第171話 夢の泉

 「うぉー、〈サトミ〉。これは、素晴らしい泉だな。本当に綺麗だ。

 連れてきてくれてありがとう」


 「えへっ、そうでしょう。すごいでしょう。〈タロ〉様と、絶対一緒に来ると決めてたんだ」


 「へぇー、ここも夢に出てきたの」


 「出てきたのに、決まっているよ。〈タロ〉様と一緒に来たの」


 「それで、二人はどうしたの」


 「あはっ、それは恥ずかしいから内緒だよ」


 「僕もいたんだろう」


 「夢の中の〈タロ〉様は、〈サトミ〉が作った〈タロ〉様だもの。

 今一緒にいる〈タロ〉様は本物の〈タロ〉様だから、まるっきり違うよ」


 「何だか難しいな」


 「〈サトミ〉、難しいこと言ったかな。それより、色んなことをして泉を愛でようよ」


 僕と〈サトミ〉は、小鳥の鳴き声を聞きながら、ゆっくりと泉の周りを回った。

 泉の水を飲んだり、泉に足をつけたりして、泉を身体中で堪能した。

 好奇心旺盛なリスが現れて、〈サトミ〉がはしゃいで、ケラケラ笑ってた。


 あっと言う間に、夕日が傾きかけたので、僕達は帰ることにした。


 「〈タロ〉様、今来たばっかりなのに、もう夕方。時間がおかしいよ」


 「はははっ、楽しかったから、時間が過ぎるのを早く感じたんだよ」


 「苦しいことは長く感じるのに、時間って意地が悪いよ。

 もっと、〈タロ〉様と一緒にいたかったな」


 「まだまだ夏休みは終わらないから、何回でも逢えるよ」


 「うん、そうだね。〈タロ〉様、〈サトミ〉と、また逢ってくれる」


 「逢うに決まっているさ。僕も〈サトミ〉と、もっと一緒にいたいよ」


 「〈タロ〉様、嬉しい」


 僕は、〈サトミ〉の腰を引き寄せて、しっかりと抱きしめた。


 〈サトミ〉の背中を折るようにして、〈サトミ〉の顔を上に向かせた。

 〈サトミ〉は、首から上が濃いピンク色になって、大きな瞳をウルウルさせている。

 〈サトミ〉は、「〈タロ〉様」って少し震える声で言って、僕を見詰めた。


 僕は、「可愛い〈サトミ〉が大好きだ」と耳元でささやき、〈サトミ〉の真っ赤な唇を奪った。

 強く 押し付けて、「チュッ」と少し吸ってみた。


 〈サトミ〉は、「んう、夢みたい」って掠れた声で言って、僕を見詰めている。


 また、〈サトミ〉の赤い唇に唇を重ねて、強く押し付けた。

 そして、「チュッ」「チュッ」と〈サトミ〉の唇を何回も優しく吸った。


 〈サトミ〉は、「んう」「んん」とくぐもった声を出しながら、僕がしたいようにキスをさせてくれた。

 背中に回した手は、僕の腰の辺りを弄っていた。


 キスが終わった後、〈サトミ〉は、大きく息を吸い込み、僕の胸に顔を埋めた。


 「夢と同じだけど、夢と全然違う。頭の中がキラキラするよ。

 夢見ていたことを超えるなんて、思いもしなかったよ」


 「そうだな。僕も〈サトミ〉と、こんな風にキスが出来て、夢のようだよ。

 これから、一杯したいな」


 「うん。〈サトミ〉に、もっとたくさん、たくさんして、〈タロ〉様」


 最後にまた、軽く〈サトミ〉にキスをして、僕達は帰り支度を始めた。


 太陽が傾き、透明な泉の色が徐々に色を帯びていく。

 青、緑、黄、赤と色が移っていく。


 無垢なものが、少しずつ経験を重ねて、成熟していくようだ。

 無垢なものが、押さえきれない渇きを覚えて、不透明な泉に変質してくようでもある。


 僕の横で髪をなびかせている少女に、僕は何をしたのだろう。

 何をするのだろう。何を奪って、何を与えるのだろう。


 あっ、しまった。また、お土産のオルゴールを渡すのを忘れてた。


 厩舎に帰って、〈サトミ〉に渡したい物があると、小屋で待ってて貰った。


 「〈サトミ〉、これ王都のお土産なんだ。直ぐに渡せなくて、ごめん」


 「あはっ、〈サトミ〉にお土産くれるの。〈タロ〉様、ありがとう。開けても良い」


 「どうぞ。どうぞ」


 「うわぁー、綺麗なハンカチなんだ。黄色の花と、猫の柄が、すんごく可愛いよ。

 これ刺繍だから高かいよね。〈サトミ〉が貰っても良いの」


 「〈サトミ〉のために買って来たんだから、貰ってくれないと困るよ。

 もう一つのも開けてよ」


 「うん。〈タロ〉様、ずっと大切にするよ。もう一つも開けるね」


 〈サトミ〉は、包装紙を取り外したけど、ただの箱なので戸惑っているようだ。


 「〈サトミ〉、こうして蓋を開けると、音楽が流れるんだよ」


 「あー。本当だ。すごく綺麗な音だよ。女の子もクルクル回って可愛らしいな。 

 「牧場のあの子は猫みたい」の曲なんだね。これも〈サトミ〉が貰っても良いの」


 「当たり前だよ。逢えなくて寂しい時、これを聞いたらましになるかなって、思って買ったんだ」


 〈サトミ〉は、胸に両手を当てて涙ぐんでいる。


 「〈タロ〉様、酷いよ。〈サトミ〉を泣かすようなことを言って、酷いよ」


 僕は、〈サトミ〉を引き寄せ、優しく抱きしめた。


 〈サトミ〉は、少し僕の胸で泣いた後、口を尖らせて僕を見上げた。

 口を尖らせて、僕を見上げたまま、動かない。


 僕は、〈サトミ〉に「チュッ」とキスをして、〈サトミ〉の涙の跡を拭ってあげた。


 〈サトミ〉は、くすぐったそうにしていたけど、僕にされるままになっている。

 そして、ニコッと笑った。


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉の宝物にするよ。これがあれば、もう寂しくないよ。

 ありがとう、〈タロ〉様」


 繰り返し振り返りながら、〈サトミ〉は、お土産を抱えて帰っていった。


 僕は、〈サトミ〉にオルゴールを与え、〈サトミ〉の素直な心の一つを奪ったのかも知れない。

 僕は、〈サトミ〉の頬を愛撫して、〈サトミ〉の心の渇きを増やしたのかも知れない。

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