第170話 鬼の〈アコ〉

 《ラング》に帰ってきて聞いたのだが、《ハバ》伯爵が、結構前から領民に重税をかけているようだ。

 税を払えなくなった者から、情け容赦なく、土地や家を取り上げているらしい。

 追い出されるように《ハバ》から、逃げてきた人達が結構いると聞いている。


 「すいません。〈タロ〉様に断りもしないで、勝手なことを言ってしまって。

  つい感情が高ぶって言ってしまいました。

 心の底から、怒りが込み上げてきたのです。

 これからは、決してこんな出過ぎたまねはしませんわ。」


 〈アコ〉が、今まで一度も見たことが無い、険しい顔をしている。

 いつもは、可愛い顔が、目がきつくなって鬼のようだ。

 本気で怒っている。


 僕に怒っているんじゃないよな。怖いよ。

 〈クルス〉も〈サトミ〉も、酷すぎると〈アコ〉に賛同している。


 「そうか。〈アコ〉が、怒るのも無理がないよ。追い出すなんて酷い話だ。

 《ラング》を頼ってくれたんだ、ここでは幸福にしてあげたいな」


 「ありがとうございます。〈タロ〉様にそう言ってもらえて、嬉しいです。

 だからもう、気持ちは切り替えましたわ。

 私が怒ったままで、皆が楽しくないのは申しわけないです。

 これからは、楽しんでいきましょう」


 町を出ると、街道が一直線に伸びている。

 ポプラ並木は、大きな葉を広げて、旅人に一刻の日陰を与えている。


 僕達は、街道を逸れて、丘の上に昇っていった。

 丘の上から、見渡すと農場が見えた。

 以前より倍以上の緑が見える。視界一杯に農場が広がっているんだ。

 川の横には、いくつも水車が回っているし、家畜も沢山歩いている。


 おぉ、すごいぞ。僕の知らないうちに、滅茶苦茶発展しているじゃないか。


 〈アコ〉も、先ほどの険しい顔が吹き飛んで、

 「うぁー、農場が一面に広がっていますね。すごいですわ」

 と興奮気味だ。


 〈クルス〉も

 「しばらく見ないうちに、こんなに広くなったのですね。

 もう、食料を他所から購入する必要はありませんね」

 と驚きが隠せない様子だ。


 〈サトミ〉は

 「今年は、余った分を他所に売る予定なんだよ」

 と自分の手柄のように誇らしげだ。


 「これもみんな、〈タロ〉様の水車のお陰なのですね。〈タロ〉様は天才です。尊敬しています」

 〈クルス〉が僕をじっと見つめて言ってくれる。


 「私もその話を聞きましたが、実際に農場を見ると、〈タロ〉様の偉大さが分かりました」

 〈アコ〉も僕をじっと見つめて大げさな褒め方をしてくる。


 「町の皆も、〈タロ〉様はすごい、領主が〈タロ〉様で良かったって言っているよ。〈サトミ〉は鼻が高いよ」

 〈サトミ〉も僕を見つめて、僕の良い評判を言ってくれる。


 あぁ、残念だ。

 二人切りなら、こんな雰囲気になったら、抱きしめてキス出来るのに。

 どうしたもんだろう。


 「いやー。僕の力じゃないよ。臣下や農民の人達が頑張った結果さ」


 「うふふ、謙遜することが出来る〈タロ〉様が誇らしいですわ」


 「ふふふ、〈タロ〉様は謙虚なところも素敵です」


 「あはっ、威張らない、〈タロ〉様がとっても好きだよ」


 褒められて、悪い気はしないな。

 僕達は、にこやかに笑いながら、館に帰っていった。


 翌日の、午後は、〈サトミ〉の希望で遠出をすることになった。

 馬に乗って、森の近くにある泉に行く予定だ。


 「〈サトミ〉、お早う。お待たせ」


 「〈タロ〉様、おはようございます。〈サトミ〉も、今来たところなの」


 厩舎で、〈サトミ〉と「今日は楽しみだね」と話しながら、

 馬に鞍を着けていく。


 僕の乗る馬は、〈ベンバ〉という大柄の馬だ。

 〈青雲〉よりも一回り以上大きい。


 《ベン》の戦争で鹵獲してきた馬だ。だから、〈ベンの馬・ベンバ〉だ。

 〈サトミ〉にこの名前を言った時、〈サトミ〉は、なぜか悲しそうな顔をしていた。

 なぜだろう。


 〈サトミ〉の乗る馬は、当然〈青雲〉だ、小さくて、大人しいからな。

 〈サトミ〉は、女の子では珍しく乗馬が出来る。


 乗馬の技術があると言うより、馬が、〈サトミ〉の願いを聞いて、乗せて運んでくれるという感じだ。

 〈サトミ〉にかかれば、どんな暴れ馬でも大人しくなるからな。


 今日の〈サトミ〉には、不満が一つある。馬に乗るから、

 今日の〈サトミ〉は乗馬用のズボンをはいている。

 これでは、〈サトミ〉の下着を見るチャンスがないし、ふくらはぎさえ見えないよ。

 テンションが下がるな。


 でも、良く見ると〈サトミ〉は、薄っすらお化粧をしている。

 上唇がツンと上がった唇に、真っ赤な口紅を塗っている。

 僕とデートだから、してきてくれたのか。

 テンションが上がってきたぞ。


 「荷物も積めたし、〈タロ〉様出発するね」


 「分かった。場所を知っている〈サトミ〉が先導してくれないか」


 城壁の門を出て、しばらく街道を〈サトミ〉と並走する。

 それから、あまり整備されていない小径を結構行くと、泉があった。


 見えないほど透き通った水を湛えた、泉だ。

 遠い山からの伏流水が、底から湧き出しているんだろう。


 心が洗われるを、とおり越して泣きたくなるような、清らかな水だ。

 それほど大きくはない。一周しても、たいしたことは無い大きさだ。

 水底で揺らめいている若葉色の水草と、水面に浮かんでいる純白の花も清々しい。

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