第169話 親愛の情

 「〈タロ〉様、私たちが赤ちゃんを直ぐ産むって、噂が流れているんですね。

 〈タロ〉様のせいですからね。猛烈に反省して欲しいですわ」


 〈アコ〉が、頬を薄っすら桃色にして、口を尖らせている。

 船員にも見られているのが分かって、怒りが再燃したのか。

 船の上のことをまだ怒っているな。


 「本当にもう、〈タロ〉様。私は家でも聞かれました。死ぬほど恥ずかしかったです」


 〈クルス〉は、頬を真っ赤にして、頬を手で押さえている。

 家族に、そっち方面のことを聞かれるのは、確かに恥ずかしいよな。


 「〈サトミ〉は、〈タロ〉様の赤ちゃんは欲しいけど、まだ早すぎるよ」


 〈サトミ〉は、ドキッとすることを言うな。

 赤ちゃんをつくるっていう行為を、本当に分かって言っているのかな。

 聞いてみるわけにも、いかないな。


 「ごめん。もう怒らないでよ。人の見てるところでは、決してしないから」


 「絶対ですよ」


 「約束ですからね」


 「〈サトミ〉も、人に見られた嫌だよ」


 〈サトミ〉にも、釘を刺されたか。

 これからは、二人切りになる展開を必死に考える必要があるな。

 でも、三人揃って同じ場所や空間にいる時は、結構難しいぞ。


 少し歩くと汚い鍛冶屋が、まだ存在していた。

 カンカンと五月蠅く、鍛冶をする音が聞こえている。


 「若領主さんが、何の用だい。

 ここんところ、忙し過ぎて、変な物を頼まれても、受けられないな。

 喋っている暇もないんだ」


 相変わらず、失礼なじいさんだな。

 ただ、顔は炎に炙られて真っ赤だし、盛り上がった筋肉には汗が滴っている。

 忙しいのは、本当みたいだ。


 「イヤ、何も用事はない。通っただけだ」


 許嫁達も、一応挨拶を交わしている。

 じいさんも、許嫁達とは普通に挨拶出来るんだな。

〈アコ〉は、初対面なので少し怖がっているようだ。このじいさんじゃ、無理もない。


 「フッ、噂は聞いたよ。悪いことじゃ無いから、好きにやればいい。

 しかし、〈ドリー〉のことは何とかしてやってくれ。

 若領主さんが、仕組んだんだから、最後まで面倒を見てやれよ」


 「噂のことは、もう言わないでくれ。

 〈ドリー〉のことは、うーん、そうだな、また相談にくるよ」


 「フッ、両方とも期待しているからな」


 両方って何だよ。〈ドリー〉のことはともかく、噂のことは、こっちにも事情があるんだ。


 「変なことを言うなよ。もう行くよ」


 このじじいは、困った老害だ。

 許嫁達の怒りに火を注ぐようなことを、もう言うなよ。本当に頼むよ。


 「〈タロ〉様、〈ドリー〉さんのことって何ですか」


 歩きながら、〈クルス〉が聞いてきた。


 僕は、〈ドリー〉と〈カリタ〉のことを三人に話した。


 「〈ドリー〉さんが、可哀そうです。

 〈カリナ〉さんの結婚の話を聞いて、辛い思いをしていると思います」


 「私も〈ドリーア〉さんに、とても同情しますわ。

 どうして、〈カリィタ〉さんは、ハッキリしないのでしょう」


 「〈サトミ〉は、〈ドリー〉さんと〈カリタ〉さんとが、もう直ぐ結婚するっていう噂を聞いたことがあるよ。毎日、二人切りでお弁当を食べているんだから、当たり前だよ」


 「〈カリィタ〉がハッキリとしないのは、僕も良く分からない。

 性格だと思う。自信が無いのかも知れない。

 僕が同じ立場なら、とっくの昔に結婚しているはずだから、想像がつかないんだよ」


 「〈タロ〉様なら、そうでしょうね。

 ただ、逢っているだけってあり得ないですわ。

 あまりにグイグイとこられるのも、困ると思っていますが、言葉もないのは、話になりませんね」


 「〈タロ〉様、〈ドリー〉さんのことを何とかしてあげて。私も手伝いますから。

 このままでは、〈ドリー〉さんが参ってしまいます」


 「〈サトミ〉も、お手伝いするね。〈ドリー〉さんが泣くのを見たくないよ」


 「分かっているからさ、もうちょっと待ってくれよ。

 今、考えているんだ。何か良い案が出来たら相談するよ」


 町の門を出る時、許嫁と僕が歩いているのを見て、門番がニヤニヤしてやがった。

 なんだコイツは、いやらしい想像をしてないで、ちゃんと仕事しろよ。


 門の外では、もう兵舎移転の工事が始まっている。


 三十人くらいの人夫が、汗を垂らして働いている。頑張ってくれよ。

 その中の一人が、作業の手を止めて、僕たちの方に走ってきた。


 わざわざ、僕と許嫁達に挨拶をしてくれる。

 そして、〈アコ〉に話しかけてきた。


 「〈アコーセン〉様、王都から帰ってこられているのですね。お元気そうで嬉しいです。

 私は前に《ハバ》に住んでいたんですよ。

 《ハバ》から、追い出され、この町に拾ってもらいました。

 失礼なことですが、〈アコーセン〉様とは、似通った部分もあると、特別な親愛の情を持っています。

 元気なお子様が、生まれるように祈っています」


 人夫のうち、二十人くらいが、〈アコ〉に向かって頭を下げている。

 この人達も、《ハバ》から、追い出されたか、逃げてきた人だろう。


 〈アコ〉は、人夫の目を見ながら、


 「お辛いことがあったのですね。でも、もう大丈夫です。

 《ラング》の住民になったのなら、ここにいる私の婚約者が、決して悪いようにいたしません。

 安心してください。

 でも、重労働ですから身体には十分注意してくださいね。

 それと、子供は。まだ、学舎生ですからもう少し先になります」


 と最後は恥ずかしそうに言った。


 「そうですか。お気遣いいただきありがとうございます。安心しました」

 と人夫は少し残念そうだけど、顔は朗らかだった。

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