第168話 お目出度い噂

 主役の〈リク〉と〈カリナ〉の打ち合わせは、時間がかかるので、僕の祝辞と動作を先に説明して貰った。

 祝辞は紙に書いて貰った物を覚えるだけで、動作も簡単なものだった。

 しかし、本番で上手く出来るかは分からない。

 本番は緊張するし、忘れることもあるからな。

 失敗したら、許せよ。


 三人の許嫁に、まだ見てると聞いたら、僕が帰るなら一緒に行くとのことだった。

 まだ、結婚式より僕の方が大切らしい。

 結婚する相手は、僕なんだし、当たり前とも思うが、妙に安心した。


 でも、どこに行こう。許嫁達と四人で行くところなんか、思いつかない。

 《ラング》の町は、田舎だし、大きくもないからな。

 仕方が無い。町の中をぶらついて、丘の上にでも行ってみよう。


 許嫁達と手を繋いで歩きたいけど、三人だと繋げない。

 良い案は、何も思いつかない。残念だ。


 最初に、雑貨屋が見えてきた。

 中年夫婦が、二人で営んでいるんだったな。

 店の横を通ったら、中年のおばさんが声をかけてきた。


 「あれま、お坊ちゃま。あっ、失礼しました。

 ご領主様、お帰りなさいませ。お元気そうで何よりです。

 〈クルス〉ちゃんも、お帰りなさい。綺麗になったね。

 〈サトミ〉ちゃんは、久しぶりに会えて良かったね。顔が輝いているよ。

 もう一人のお嬢様は、〈アコーセン〉様だね。《ラング》の町へようこそおいで下さいました」


 「ありがとう。つい先日、帰ってきたんだよ」


 「あれま、お坊ちゃま。あっ、失礼しました。

 ご領主様、お久しぶりです。帰ってこられたのですね」


 今度は中年のおっさんが声をかけてきた。

 喋り出しと、間違い方も一緒だ。本当に似たもの夫婦だな。


 許嫁達も、それぞれ挨拶を交わしている。


 あっ、思い出した。ナイスタイミングだ。店主に、古着のことを言っておこう。


 「そうだ。実は王都で、古着を仕入れてきたんだ。売れると思うか」


 「ご領主様が、古着の仕入れですか。色々なことを考えておられますね。感服しました。

 物にもよりますが、服はいつも品不足ですので、相当いけると思います」


 「そうか。それじゃ、後で館にいる秘書役の〈ソラィウ〉を訪ねてくれないか」


 「秘書役の〈ソラィウ〉さんですね。分かりました」


 おばさんは、聞こえないくらいの小声で「大きいわ。はってるわ。良いわ」と言っている。

 僕のあそこのことなのか。そんなに、褒められたら恥ずかしいな。


 また、歩くとパンの匂いが漂ってきた。

 ただ、店を覗いても、パンはもう残っていない。

 午前中で全部売り切れたようだ。良く流行っているみたいだ。


 若い店主と若い奥さんが、二人でお茶しているのが、窓越しに見えている。

 店を掃除して閉める前の休憩なんだろう。


 奥さんが、店主の腕を掴みながら、にこやかに話をしている。

 午後の穏やかな夫婦の時間だな。


 きっと、夜は激しい夫婦の時間なんだろう。若い夫婦だからな。

 その時、奥さんが掴んでいるのは、腕じゃ無くてアレに違いない。


 許嫁達も、僕のアレを掴んでくれるかな。

 折るのが目的で無いことを、今から祈っておこう。


 店先で、バカな脳内シュミレーションをしていたら、たまらず店主が声をかけてきた。

 虚空に向かって、店先で、祈っていたのが気持ち悪かったんだろう。


 「これは、ご領主様。お戻りになられていたのですね。

 お元気そうで何よりです。何か御用事ですか」


 「食事中にすまないな。帰ってきたので、町を散策しているだけだよ」


 若い奥さんも、店から出てきて、許嫁達と挨拶を交わしている。


 「散策ですか。そうですか。この町、活気が出てきているでしょう。

 新しいお店も、出来るのですよ。

 これも、ご領主様のお陰です。まだお若いのに本当にすごいです。

 お目出度い噂も流れていますよ」


 「噂って、どんな噂なの」


 「アッ、しまった。

 えーっと、ご世継ぎが、お生まれになるのも時間の問題だと。

 許嫁の方とすごく触れ合っていたと、「深遠の面影号」の船員が話していたそうです」


 「フーン、そういう噂が広まっているのか。そんなの、まだまだ先のことだよ。

 人の噂って、尾ひれがついてしまうもんだね」


 「主人が失礼なことを申しましてすみません」


 今度も、すかさず奥さんのサポートが入った。内助の功だな。

 夜には、アレを掴んでサポートをしているだけのことはある。


 「イヤイヤ、気にしてないよ。それより、パンの売れ行きはどうなんだ」


 「お陰様で、売れ行きは絶好調です。

 焼いても焼いても、足りません。もっと、欲しいと言われているのですよ。

 睡眠不足で困っているほどです」


 睡眠不足は、奥さんがサポートし過ぎるのが原因じゃないのか。


 「そうなんだ。それは良かったね。僕はもう行くけど、身体には気を付けてね。

 ほどほどにした方が良いよ」


 「ありがとうございます。

 求められるので、頑張らなきゃいけないのですが、身体も大事します。

 次来られたら、今度こそ、うち自慢の窯で作ったパンをご馳走させてください。

 それと、ご領主様も、くれぐれもお元気でいてください」


 夫婦揃って見送ってくれた。

 若い奥さんの欲求に応じるのが大変みたいだな。


 それはそうと、根も葉も無い噂を流すのは良くないな。

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