第164話 秘書役

 僕達は、〈アコータ〉と〈クルスー〉母娘に見送られて入り江を後にした。



 「〈タロ〉様、あの人達も、〈アコ〉と〈クルス〉なんですね。

 ちょっと吃驚しました」


 〈クルス〉が、偶然の一致を感心したように言ってきた。


 「そうみたいだな。二人とも同じなのは、すごい偶然だね」


 「〈タロ〉様、〈アコータ〉さんという方と、以前お会いされたようですね。

 どういうご関係ですか」


 〈アコ〉が関係を探ってくるけど、どうしてだ。


 「あの人は、この入り江の漁師のまとめ役なんだよ。

 船を提供して漁をしてもらっているだけだよ」


 「ふーん、魅力的な人ですね」


 「変なことを言うなよ。どう見たって、親の年齢だぞ」


 「うーん、そう言われたら、そうですね。私の母の方が若いかも知れませんね」


 〈アコ〉は、こう言ってニコと笑った。

 僕の守備範囲が宇宙並みと思っているのか。理解に苦しむな。


 「〈タロ〉様、お魚が余まったら、〈トラ〉と〈ドラ〉にあげても良いかな」


 「もちろん、良いよ」


 「えへへ、ありがとう。〈トラ〉と〈ドラ〉が、「フー」「フー」言って喜ぶよ」


 館に着くと、臣下たちが出迎えてくれた。



 メイド頭の〈ドリーア〉に、執事の〈コラィウ〉、兵長の「ハドィス」、小作頭の「ボニィタ」と御用商人の「クサィン」だ。

 一年も経ってないのに、ずいぶん懐かしい。


 もちろん、「ハパ」先生もいる。ニコッと笑って、いつもと同じ凛々しい顔をされている。

 〈ハヅ〉はニヤニヤ笑いながら、メイドの〈プテーサ〉の隣にいやがる。

 昼間から鼻の下を長くしやがって、いやらしい。


 臣下たちは、僕らを

 「ご領主お帰りなさい。お元気な顔が、見られてこれ以上ない喜びです」

 「〈アコーセン〉様、〈クルース〉様、お帰りなさい」

 「〈ハルーセシン〉様、ようこそおいでいただきました」

 「〈リィクラ〉卿と母君と〈カリーナ〉さん、歓迎します」

 と迎えてくれた。


 〈アコ〉は「お帰りなさい」と言われて、泣きそうになっている。


 〈クルス〉は、「様」づけで呼ばれたので、居心地悪そうに顔を赤くしている。

 出迎えの中には、養父もいるからな。


 〈サトミ〉は、慌てて、出迎え側に走って行ったが、間に合わなかった。

 僕たちと、出迎え側の間で、アワアワしてた。


 僕たちは、館のそれぞれの部屋に落ち着いた。

 もう夕方近くになっているから、今日は何もしないで休養だ。

 〈クルス〉だけは、当然、自分の家に帰っていった。

 〈サトミ〉も、僕の休養の邪魔にならないように帰っていった。

 帰らなくても良かったのに。親父も兄もいるから仕方が無いか。


 〈アコ〉は、母親と同じ部屋と滞在することになった。

 〈リク〉と母親の〈リーツア〉さんは同室で、〈カリナ〉は一人だ。

 結婚前だから仕方がない。


 夏休中に、〈アコ〉と二人切りの時間が作れるか、心配だな。


 館の部屋数に限りがあるので、一人一室には出来ない。

 増築をする必要があるな。


 翌日、僕は朝から家臣から、領地の現状や収支報告を聞かされて、一日が終わった。

 ただただ、疲れた。


 僕が王都にいっている間の出来事だけでも、すごい量だ。

 事後報告でも、領主の僕にきちんと報告してくれるのは、有難いが、量が問題だ。

 領地の発展に関する大型の事業も、沢山案件があった。

 大型で経費がかかるため、領主の決裁が必要とのことだ。当然だな。

 責任の所在が曖昧になってしまう。


 大型事業も、結構数があり、大型だけに説明が長い。

 集中力が続かない。疲れる。許嫁達と逢えない。イライラする。

 これは、よくない傾向になっているな。


 執事の〈コラィウ〉と相談すると、〈コラィウ〉も全くそのとおりだと思っていたようだ。

 早く始めた方が良い事業も、決裁が下りないため、滞っているケースがあるみたいだ。


 そこで、王都にいる間も、報告を受け、決裁をすることになった。

 そのために、夏休み明けから、王都に僕の秘書役を設けることに決まった。


 候補は、〈コラィウ〉がすでに選定しており、〈コラィウ〉の甥の〈ソラィウ〉という青年だ。

 〈コラィウ〉の選定なので、僕も異存はない。

 まあ、候補者の心当たりは、僕にはまるで無いからな。


 臣下を信用し過ぎているけど、どうしようもない。

 心配してもやりようが無いから、心配しないでおこう。


 〈ソラィウ〉は、王都の《群青書政院》を卒舎しているので、王都の生活にも一定慣れているらしい。

 それと、どうも《ラング》領の臣下は、世襲制のようだ。

 今頃、領主の僕が「ようだ」と思うのは、勉強不足のそしりを免れないな。

 世襲が良いのか、悪いのか、結論は直ぐには出せない。

 変えるのは、中々、骨が折れることとなる。


 また、世襲制といっても、直系では無く、親族の中から優秀な者に世襲させるシステムとなっているようだ。

 一定、優秀な者の選抜は、されているってことだな。

 〈ソラィウ〉は、親族の中で最優秀ともくされて、王都の学舎で学んでいたらしい。


 「ご領主様、〈ソラィウ〉と申し上げます。

 重要な、秘書役を仰せつかわり、身が引き締まる思いです」


 「そんな、畏まらないで楽にしてくれ。王都では、よろしく頼むよ」


 〈ソラィウ〉は、中肉中背で、黒髪を七三に分けて、真面目を絵に描いたようなヤツだ。

 ようは、〈ハヅ〉とは正反対だと思っていればいい感じだ。


 面白味はなさそうだけど、効率的で正確な仕事をしてくれるだろう。

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