第158話 指をチュルと舐めてみた
〈アコ〉と〈クルス〉のこの様子を見て、〈サヤ〉は、
「良い汗をかいていますね。良い稽古になったようですね」
と満足そうだ。
〈リク〉も、
「少し見ていましたが、至近距離からの肘打ちを避ける訓練は、有益ですね。
良い稽古になっていますよ」
と感心している。
お前らの目は、節穴か。
イチャイチャしているだけだろう。
何でも、鍛錬か稽古のことにしてしまう。
この、鍛錬中毒者めが。
「そうなんだ。〈アコ〉と〈クルス〉も段々真剣に取り組み出したし、至近距離か らの打撃を避ける良い訓練になるんだよ」
「〈タロ〉様のおっしゃるとおり、〈タロ〉様へ、ど真剣に肘打ちをかましたいですわ」
「思いっきり、〈タロ〉様の甲を踏みつけてやりたいです」
「二人とも、「肘打ちをかましたい」「踏みつけてやりたい」とは、すごい気迫だ。
その気構えで頑張ってくれ」
明日以降も、僕が二人の、稽古の相手を務めることになったようだ。
〈アコ〉と〈クルス〉は、
「〈タロ〉様にエッチなことをされる方が、まだましです。慣れていますから」
と苦笑しながらホッとしていた。
僕も明日は、もっと先っちょを、的確に突けるように頑張ろう。
ずっと、休みなく〈リーツア〉さんの手伝いをしていた〈カリナ〉が、物陰から、僕達を悲しそうな目で見詰めている。
〈アコ〉と〈クルス〉と僕が、一日中、イチャイチャしていると、誤解しているのだろう。
れっきとした、護身術の稽古を真剣に行っているのに、邪推も甚だしい。
〈リク〉と〈サヤ〉が、楽しそうに鍛錬しているのも、気に入らないのだろう。
こっちは、分からないでも無いな。
この二人の間には、鍛錬中毒者にならないと、入れ無いからな。
二人だけの世界が出来ていると、感じてしまったのだろう。
もう直ぐ結婚だと言うのに。
大変そうだけど、僕を恨むなよ。
姑との仲を大事にするように忠告しただけだ。
夕食は、豪快な鳥の丸焼きだ。
丁寧にスパイスを塗られた丸鳥を、炭火でこんがり焼いた料理だ。
腹の中に、米とニンニクと野菜が詰められている。
皮はパリッと、お肉はジューシで、絶品の出来だ。
詰められたお米は、肉汁を吸ってふっくら美味しい。
ニンニクは、お肉にもお米にも、良い仕事をしてくれている。
味に深みと風味をプラスしている。
もちろん、野菜もグッドだ。
〈アコ〉と〈クルス〉も、僕の横で一心不乱に丸焼きへ挑んでいる。
今日は、激しい運動をしていないので、全く疲れてないようだ。
先っちょも、柔らかくなって、もう「ふん」「ふん」と呻いていない。
最初は、ナイフとフォークを使っていたが、じれったくなったのだろう。
今は直接かぶりついている。
手でお肉をむしり取っている。
それが正しいと思う。
この料理はかぶりついて、むしって、食べる方が、倍、美味しいはずだ。
二人が、丸焼きの油で唇をテカテカにして、嬉しそうに笑っている。
夕日で光っている唇を、強引に奪って、じゃぶりつきたいな。
ぷっくりとした唇が、茜色に染まって、やけに美味しそうに見えたから。
僕の心中を知ってか、知らずか、二人が「ここが、特に美味しいですよ」と僕の口の中へ、指先を使って、お肉を入れてくれる。
昨日のお返しかな。
二人の指が、僕の口に中へ一瞬入る。
何回目かに、指をチュルと舐めてみた。
「ふふふ、〈タロ〉様、私の指は美味しいのですか。もっと、食べたいですか」
「うふふ、舐めるのは良いですけど。噛んじゃダメですよ」
二人は、クスクス笑いながら、周りに聞こえないように小さな声で言った。
「僕も肉を口の中へ、入れてあげようか」
「それは、お断りします。私は自分で食べます」
「私も遠慮します。自分で食べた方が、消化に良さそうです」
何だよ、ノリが悪いな。
それとも、僕の指が不潔とでも言うのかよ。
〈アコ〉が僕の袖を引いて、〈リク〉の方を見ろと合図をしてきた。
〈リク〉が真っ赤になりながら、〈カリナ〉にお肉を指で食べさせて貰っている。
〈カリナ〉は、首まで真っ赤になっている。
「〈カリナ〉さんが、寂しそうだったので、私たちの真似をしたらどうですかと言ったのですわ」
「〈カリナ〉さんは、〈リク〉さんと、もっと仲睦まじくしたいのですよ」
「ヒュー、ヒュー。熱いぞ、ご両人。熱すぎて、鳥が丸焦げになるぜ。
見せつけてくれるな。独り者は辛いぜ」
船長が、指笛を鳴らして、〈リク〉と〈カリナ〉を見て冷かしている。
顔は笑っているけど、本当は見るのが辛いのだと思う。
羨ましいのだろう。
あんたは、汚い自分の指だけど、俺と〈リク〉は、綺麗な婚約者の指だ。
差が天と地ほどある。
月とスッポンだな。
独身中年のひわいだ。
あっ、悲哀だった。
船長に釣られて、皆が、
「アツアツだな」「見せつけるなよ」「チューしろよ」
と〈リク〉と〈カリナ〉を冷かして、大笑いしている。
〈アコ〉の母親まで、「熱くて堪らないわ」と、胸元に手で風を送る動作でからかっている。
ちゃっかり横にいる船長が、少し広げたその胸元を、カメレオンみたいに目を横にずらして、覗き込んでいる。
このおさっんは、やっぱり爬虫類だな。
〈リーツア〉さんも、自分の息子が、さかなにされているのに、涙が出るほど爆笑している。
この人は、エッチ系の話が好物だからな。
〈サヤ〉は、我関せずという感じで、黙々と丸焼きをかじっている。
コイツは、武道以外に興味は無いのか。
困ったもんだ。
〈リク〉は、もう身体中が真っ赤になって、頭から湯気が噴き出している感じだ。
〈カリナ〉も真っ赤だけど、〈リク〉に寄り添った顔は、少し満足気に見えていた。
皆、沢山食べて、沢山笑った。明日も晴れるらしい。
多少の波はあれど、航海は万事順調だ。
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