第3章 僕の夏休み

第155話 護身術なら可能

出航して昼食を食べたら、もう始まった。

 〈リク〉が「鍛錬をしましょう」と言い出した。


 こいつは、言い出したら聞かない。

 僕が雇い主で、領主なのにどうしてだ。


 いちいち、正論で押してきて、僕に良かれと思っているのが、とても厄介だ。

 鍛錬を断ると、凄く悲しそうな、大切な任務を大失敗したような顔をする。

 僕が「しょうがないな」と言うと、厳つい顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうに笑いやがる。


 「〈リク〉、最初は準備運動程度でやろう。無理は良くないからな」


 「はい。当然ですね」


 と言いながら、バシンバシンと打ち込んでくる。

 お前の準備運動は、準備じゃねえ。

 このバカ力が。


 〈カリナ〉は、僕達の鍛錬を少し離れたところから、見学している。

 良く見たら、見ているのは〈リク〉の方だけだ。

 うっとりとした目で見てやがる。

 どうせ、今だけだよ。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、〈サヤ〉に、甲板へ呼び出されている。


 「あなた達、ちょうど良いわ。ここで、鍛錬しましょう。

 「健体服」は持っているでしょう」


 「〈サヤーテ〉先生、「健体服」は持ってきていませんわ」


 「私も、今は持っていません」


 「しょうが無いわね。その服で、激しい動きは出来ないよ」


 残念だ。「健体服」を見るチャンスだったのに。

 持ってくるように、言っておけば良かった。

 まあ、激しく抵抗されて無理そうだけど。


 そういう〈サヤ〉は、藍染めの道着みたいのを着ているな。

 〈サヤ〉だけでも、「健体服」を着てたら、良かったのに。

 〈サヤ〉に興味は無いが、「健体服」に興味があるんだ。


 「そうですね。激しい動きは出来ませんので、鍛錬は中止ということで」


 「鍛錬は出来ませんが、護身術なら可能です。

 王国内で、若い女性が、かどわかされる事件が起きています。

 備えることが重要です。まず、簡単な準備体操をしましょう」


 「あー」「はぁー」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、溜息を吐きながら、〈サヤ〉に合わせて準備体操を始めた。

 僕も耐えている。二人も耐えろ。


 その後、背後から抱き着かれた想定で、護身のやり方を練習しているようだ。

 僕が、背後から二人を襲った時に、反撃されないか心配だな。


 〈リーツア〉さんは、働き物の習慣から抜けられなくて、夕食の準備を始めてしまっている。

 この人は、接客中毒じゃなくて、仕事中毒だったんだな。


 〈アコ〉の母親は、船長と並んで海を眺めている。

 船長の狙いは、〈アコ〉の母親だったのか、

 独身といえ王族に手を出すとは、止めて欲しいな。

 後で、ブスッと大きな釘を刺しておくか。


 胸の方に目が行くのを、必死に耐えているのが、笑かすな。

 顔が、胸の方へ向いてしまうのを、何とか、正面に向けさせようと奮闘しているのが、亀の首みたいで滑稽だ。

 相反する気持ちが、首に集中して、首に物凄い力が、かかっているのが分かる。

 そのまま、ねじ切れてしまったら、面白いのに。


 〈アコ〉の母親も、〈アコ〉と一緒で胸がすごく大きいから、気持ちは分からなくは無いんだが。


 日が沈みかけたので、今日の鍛錬は終わりだ。

 航海は、後、三日と半日もある。

 身体が持つかな。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、ひどく疲れた顔でへたりこんでいる。


 〈サヤ〉は、

 「うーん、物足りないな。これでは身体がなまってしまいます」

 と不満たらたらだ。


 これを聞いた、〈アコ〉と〈クルス〉が、

 「ひぃ」「ぴぃ」

 と鳴いて、悲しそうな顔で抱き合っている。


 二人とも、仲が良いな。

 僕も混ざりたいな。


 〈リーツア〉さんの「ご飯ですよ」と言う掛け声で、夕食が始まった。


 船の調理人は、すでに、〈リーツア〉さんの配下に、入ってしまったようだ。

 〈リク〉と一緒で、言い出したら聞かないし、皆に良かれと思ってやるから、始末に負えない。

 ある意味、最強の親子だ。


 この二人の間に入って〈カリナ〉は大丈夫かな。

 僕は知らないぞ。

 けど、明日、忠告はしてやろう。


 夕食は、バーベキューだった。

 ただのバーベキューでは無い。

 ニンニクを利かせた甘辛いタレに、しっかり漬け込んである。

 筋を取ったり、余分な脂を削げ落としたり、肉の下処理が丁寧にされている。


 これを、3~4人用の七輪みたいな物で、串に刺してる肉を焼いていく。

 もちろん、炭火だ。

 落ちた脂の焦げる匂いが、食欲を直撃する。


 あっさりとしたスープと、焼き野菜と、巻いて食べる用の葉っぱもあって完璧だな。

 流石、長年、肉扱っていた店で、働いていただけのことはあるな。


 僕は、〈アコ〉と〈クルス〉と、三人で七輪を囲んでいるけど、二人とも元気が無い。


 「二人とも、どうしたんだ。お肉が美味しいよ。食べないの」


 「〈タロ〉様。私、心底疲れましたわ。手がパンパンで動かないのです」


 「私も疲れました。これほど運動したのは初めてです。食べる元気がありません」


 「そうか。可哀そうに」


 と言って、〈アコ〉と〈クルス〉の口までお肉を運んであげた。

 二人は、モグモグ口を動かして、お肉を食べている。


 「〈タロ〉様、お代りをお願い」


 「私もお願います」


 また、口までお肉を運んであげた。

 これを何回も繰り返すのか。


 うー、これじゃ切りがない。自分が食べられないぞ。

 そう思っていたら、〈アコ〉と〈クルス〉への給仕は、五回くらいで終了した。


 思ったより、早く終わったのは、二人とも疲れ切っているからだ。

 もう、胃が受けつけないらしい。

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