第154話 「深遠の面影号」は、どう思っているのかな

 「ご領主様、今回のことを、急に言い出してすみません。

 ご迷惑で無ければいいのですが」


 〈リク〉がまた謝ってくる。


 どうしても、《ラング》領で結婚式を挙げたいと言い出したんだ。

 ご領主様が《黒鷲》を卒業すれば、当然、近衛の自分も《ラング》領についていくことになる。

 そうであるならば、《ラング》領の教会で、結婚式を挙げるのが、筋だと言い出したんだ。


 始めは、そこまでしなくてもと思ったけど。

 良く考えると、確かにその方が良いかも知れないと思い返した。


 臣下や領民に、〈リク〉が《ラング》領で、骨を埋める覚悟をしていると、示すことにもなるからな。

 王都で誓うのではなく、《ラング》領で誓うのだと。


 〈カリナ〉は頬を赤くして、

 「私は〈リク〉さんに、どこまでも付いていきます」

 とほざいていた。


 おー、男性の用のトイレまで付いていくのか。

 付いていくのを、ぜひ見せて欲しいね。


 〈カリナ〉は、〈リク〉にべったり寄り添って、もう新婚気分だ。

 〈リク〉に手を引いて貰って船に乗っている。


 段差もあまり無いのに、手を引いて貰う必要は無いぞ。

 かえって危ないくらいだ。


 「〈カリナ〉、そこは危ないから、気をつけて」


 「はい。しっかり手を握っていてくださいね」


 二人だけの茶番劇を、皆が白けた顔で見ているのが、気にならないのか。


 〈リーツア〉さんにも、

 「息子の思いを汲み取って頂きありがとうございます」

 と、恐縮しながら礼を言われた。


 でも、今朝は、


 「おはようございます。ご領主様。

 私、王都の外に出たことが無いのです。こんな遠くへ旅行出来ると思うとワクワクします」

 と少女のような目で、興奮している。


 あんたは、結婚式に参列するために行くのであって、旅行では無いのでは。

 はなはだ、疑問だ。


 まあいいや。乗船者は全員揃ったので、船長に伝えよう。


 「船長、もう出航してくれ」


 「若領主、分かったぜ。直ぐに出航するよ。

 それとだが、今回の客に、すこぶるつきの良い女がいるな。なんとも、そそられるぜ。

 あまり若くないから、若領主のすけじゃないよな」


 誰のことを言っているのだろう。


 〈リーツア〉さんか。少女のような目をしていたからな。

 独身だけど、大人なんだから、節度を持って当たって欲しいな。

 無用のトラブルは、ゴメンだよ。


 「僕のすけは、当然、〈アコ〉と〈クルス〉だけだよ」


 「そうか、そうか、それは良かった」


 何が良かったんだ。どうせ、振られるのに決まっているさ。

 何せ、無神経でガサツだからな。今から泣き顔が目に浮かぶよ。

 振られたら、せめて、大いに笑ってやろう。ハハハッ。


 「若領主。気持ち悪いぜ。海の方を向いて、何、ニヤニヤしてるんだよ」


 あんたの末路を憐れんでいるのさ。


 今度の航海は、賑やかなになったな。

 〈アコ〉の母親に、〈リク〉に〈カリナ〉と〈リーツア〉さんもいる。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、忘れてはいけないな。

 「深遠の面影号」は、どう思っているのかな。

 騒々しいと思っているのか。楽しくて良いと思っているのか。


 船の舫いが解かれ、「深遠の面影号」が胎動したように少し揺れた。

 しばらく、王都ともおさらばだな。


 いつの間にか、僕の両側に来ていた、〈アコ〉と〈クルス〉が、


 「王都とは、少しの間、さよならですね」


 「船の出航は、いつも何かしら淋しいですわ」


 と、センチメンタルになっている。 


 その時、センチメンタルな気分を踏みつける、怒鳴り声が響き渡った。


 「その船、ちょっと待て。私も乗せて」


 〈サヤ〉が、髪の毛を振り乱して、すごい勢いで走ってきた。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、

 「ゲェー」「グゲー」

 と女の子らしく無い声をあげて、顔面蒼白になっている。


 何か嫌な未来を垣間見たんだろう。


 この航海は、なん波乱もありそうだな。


 荒れるぞ。




               第二章完




 ※ 第三章「僕の夏休み」編に、続く

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