第153話 牧場のあの子は猫みたい

 もっと歩いて、通りの外れの近くで、音が耳に入ってきた。

 金属的な音なのに、優しい音色だ。

 「自鳴琴」を売っている店は、ここに違いない。


〈金琴庵〉という看板を確認して店に入った。


 「お邪魔するよ。「自鳴琴」を見せて貰っても良いかい。

 〈細密宝貴石細工店〉さんに聞いてきたんだ」


 「いらっしゃいませ。〈細密宝貴石細工店〉さんに聞いてこられたんですか。

 そうですか。どうぞ、ごゆっくりと見ていってください」


 四十歳くらいの男性が店の奥から出てきた。ここの店主なんだろう。

 〈細密宝貴石細工店〉の店主の知り合いだから、勝手にもっとお年寄りだと思っていた。


 店の飾り棚には、綺麗な象嵌細工の箱が並んでいる。


 一つの箱は蓋が開けられて、金色の金属のシリンダーが見えていた。

 シリンダーが、板を弾いて、さっき聞こえた音を出しているようだ。

 これは、オルゴールだ。


 オルゴールが、紡ぎ出す澄んだ音が、心の中へ染みとおってくるようだ。

 心のイライラを取り除いたり、癒してくれる、安らからな音色だと思う。

 この安らかな音色を〈サトミ〉にも聞かせてあげたいな。


 何個か蓋を開けて、音を聞かせて貰った。

 色々な曲があるけど、悲し気な曲は止めよう。

 〈サトミ〉を悲しい気持ちには、したくない。明るい曲が良い。


 「牧場のあの子は猫みたい」と言う曲が、良いと思った。

 僕は知らなかったけど、結構有名な曲らしい。

 田舎に住んでいる恋人の態度が、猫の目のようにクルクル変わって、男が振り回される歌詞みたいだ。

 〈サトミ〉の性格とは、少し違うけど、最後はハッピーエンドで、前向きになれる曲だ。


 ただ、音だけじゃ少し寂しい。動きもあった方が楽しいと思う。

 何か、ちょっとした、カラクリもついている方が良いな。


 「若い女性に贈るんだ。カラクリがあるヤツを見せて欲しいな」


 「へぇー、良くご存じで。カラクリつきは、値段が張るので、今この店には置いてないのですよ。

 申しわけないですが、注文制作になります」


 値段が張るのか。どうしよう。でも〈サトミ〉の喜ぶ顔が見たい。


 「分かった。それでも良いよ。

 ドレスを着た女の子が、クルクル回るようにして欲しいんだ」


 「ほおー、それは可愛らしいですね。女の子は舞踏会に憧れますからね」


 この店の人は、送る相手を幼い女の子と勘違いしているようだ。

 確かに〈サトミ〉は、背が低くて幼く見えるけど、もう幼女じゃない。

 幼女じゃエロエロ出来なじゃ無いか。

 それでは、困るんだよ。僕が犯罪者になってしまう。


 「それではお願いするよ。

 出来あがったら、この通りの上にある〈南国果物店〉に届けて欲しいんだ」


 「ありがとうございます。承知いたしました。

 五日ほどで出来上がりますので、必ずお届けに上がります。

 〈南国果物店〉さんと言えば、あなた様は、《ラング》伯爵様でいらっしゃいますね。

 お噂は、かねがねお聞きしております。噂通り、ご立派な方ですね。

 今後とも、よろしくお願いいたします」


 そう言われても、オルゴールを買うことはもう無いと思うよ。

 中々な値段の料金を支払って、店を出た。

 オルゴールは、贅沢品なんだな。


 店を出た後に、〈アコ〉と〈クルス〉が、

 「綺麗な音でしたね」「透き通った音でしたね」

 と口々に言っていた。


 でも、「私にも買って」とは言わなかった。

 きっと、オルゴールより癒される僕の声を、普段から聴いているからだろう。

 僕の声で、十分満足しているのに違いない。

 もっと、耳元で囁いてあげよう。


 それにしても、店の人が言っていた「噂」が気になる。

 どんなことを言われているのだろう。悪い噂じゃないだろうな。


 「ご立派」とは、僕の下半身のことだろうか。

 僕の小動物は、世間では「ご立派」の範囲なのかも知れない。


 「〈タロ〉様。お顔が、とってもニヤついていて、気持ち悪いですわ。

 変なことを考えていませんか」


 変なこととは失礼千万。


 「一時の夢に浸っていたんだよ」


 「〈タロ〉様、大丈夫ですか。白昼夢を見ていたのですか」


 白昼夢とは、酷い。

 僕の小動物をバカにしやがって、もう直ぐ二人ともヒイヒイ言わしてやるぞ。

 身体を洗って待ってろよ。


 《アンサ》の町の港の桟橋に、「深遠の面影号」が係留されている。

 何時見ても、段違いに大きい。優美なフォルムを夏の朝日の下に誇示している。


 「おはようございます。夏休みを〈タロ〉様と過ごせるのが楽しみですわ」


 「〈タロ〉様、おはようございます。

 久しぶりに《ラング》の町へ、帰るのが待ち遠しいです」


 〈アコ〉と〈クルス〉も、船で《ラング》の町へ帰るのを喜んでいるようだ。


 「おはようございます。無理を言ってすいません」


 「いや、いや。全然、無理ではありませんよ。一人増えても何も変わりませんよ」


 「そう言って頂けると有難いですわ。遠慮なく便乗させて頂きますわ」

 と〈アコ〉の母親が桟橋を優雅に歩いて行く。


 横に並んで歩いている〈アコ〉と、また言い争いをしているようだ。

 仲が良いのか、悪いのか。


 一緒に歩いている〈クルス〉が、笑っているので、他愛も無いことなんだろう。

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