第146話 正義は〈アコ〉

 劇場で三人分の切符を買って、中へ入った。

 一枚二十銀貨もする。結構高い値段だ。


 劇場はもう半分以上埋まっている。なかなかの入りだ。

 僕達は、中央近くに空いていた席に座った。


 「〈タロ〉様、幕が開くのが待ち遠しいですわ。私、ワクワクした気分が止まりません」


 「それは良かった。僕もだ」


 僕はちっともワクワクしていない。〈アコ〉に合わせているだけだ。

 作られた人生を見せられても、「それで」って言う気持ちだ。

 演劇が好きな人と、好きじゃ無い人の違いは、なんだろう。

 直ぐに答えが出せる問題では無い気がする。


 ただ、演劇に興味が無いと言えば、〈アコ〉が気にするだろうし、ハッキリと言う必要は無いと思う。

 客席には、その後も、お客が次々と入ってきて、八割くらい席が埋まった。

 人気が高いのは本当だな。


 そして、幕が開いた。

 舞台は、典型的な恋愛物だ。〈リク〉が言うように、ヒロインはなかなかの美人だ。


 でも、〈アコ〉や〈クルス〉より、ずっと下だ。

 何といっても、〈アコ〉や〈クルス〉は、現実にキスは出来るし、胸やお尻も触れるからな。

 それに、めちゃくちゃ可愛い。


 見ているだけでは、不満が溜まるだけだ。

 視覚以外にも、五感全てで感じることに勝てるわけが無い。


 嘘の人生、誰かの人生、と自分の人生と比べられるはずも無いか。

 演劇は自分では無い人生を、一時楽しむものだ。

 変に難しく考えているのは、意味が無いことだな。


 〈アコ〉の演劇に対する思いが正しい。正義は〈アコ〉にある。

 やっぱり、麗しのメロンおっぱいが正義と言うことだ。もっと、一杯正義に触れよう。


 舞台が暗くなって、悲しい雰囲気になってきた。

 美人の女主人公と、ハンサムな男主人公が、なんかの理由で、仲を引き裂かれる場面だ。

 もう会えないと嘆き悲しんでいる。気持ちは分かるけど、好きどうしなら、キスくらいしろよ。

 理解に苦しむ。もう最後までやれば良いのに。

 でも待てよ、最後までしたら、十八禁どころか、上演出来ないな。


 一番、悲しい場面で、〈アコ〉が僕の手を握ってきた。

 悲しい気持ちを和らげようとしているのか。分かち合うとしているのか。

 どてらでも構わない。

 手を握るぐらいお安い御用だ。いくらでも、握れ。両手でも良いぞ。


 その後、舞台は剣戟のシーンになった。

 迫力も、緊迫感も、何もない退屈な演技だ。レベルが低すぎて、見る気になれない。

 もう少し何とかならないものかな。


 目を閉じていたら、眠ってしまったようだ。

 銀貨二十枚がもったいないな。


 「〈タロ〉様、途中で寝てたでしょう。良い舞台なのにもったいないですわ」


 「そう言うなよ。〈アコ〉に手を繋いで貰ったら安心したんだよ」


 「まあ、私のせいですの。安心したって、怖い場面は無かったでしょう」


 「舞台のように〈アコ〉が、僕から離れていくのが怖かったんだよ」


 「もー、そんなこと言って、〈タロ〉様は。私をキュンとさせないで下さい。

 胸が熱くなって困ってしまいます」


 「コホン。ここは劇場ですよ」


 〈リク〉が、現実に引き戻してくれて、僕達は劇場を出た。


 出口では、「良かったわ」「泣いちゃった」「次の公演が楽しみだ」と口々に、劇場から帰る人が感想を言い合っていた。

 僕は熟睡出来たから、良かったと思っておこう。


 昼食は、噴水通りにある分厚い炙り肉が美味しい店でとった。

 分厚いのに、柔らかくジューシな良い肉だった。

 焼き方も、真ん中が少しだけ赤い、絶妙な焼き加減だった。


 ここで、夕食分の、粗挽き肉の揚げパンも買っておいた。


 午後からは、いつもの「南国茶店」だ。

 「南国茶店」は全席が埋まっている。大盛況だな。


 〈カリナ〉も、〈テラーア〉も、目まぐるしく働いている。

 少し忙し過ぎるくらいだ。

 開店当初で物珍しいからと思うけど、開店を遅らせて正解だったな。

 あのまま開いていたら、マズイことになってた気がする。


 「甘いおイモ」も、良く売れているようだ。食べているのは、やっぱり女の子が多いな。

 「蜜柑果汁」も、「バナナ果汁」も、一緒に注文されていて、こちらも好評のようだ。

 〈リク〉も慌てて手伝いに入るようだ。頑張って儲けろよ。


 今度は、厨房に置いてあったバナナジュースを失敬した。

 〈カリナ〉が「あー」って溜息をついていたが、何か悩みがあるのだろう。

 着替えを済ませて、〈アコ〉と引っ付いてソファーに座った。


 「〈タロ〉様。〈カリナ〉さんが、恨めしそうにしていましたよ。大丈夫ですか」


 「〈カリナ〉も、いざ結婚するとなったら、後悔とか悩みがあるんだろう。

 これで良いのかとか」


 「〈タロ〉様。全然違うと思います。どこをどうしたら、そんな話になるのです。

 〈カリナ〉さんが、後悔するわけありませんわ」


 「そうかな」


 「そうです。二人は愛し合っているのですよ」


 「まあ、それよりバナナ果汁を飲もうよ」


 「うーん、申し訳ない気もしますが、もったいないから頂きますわ」


 「バナナも濃厚で美味しいな」


 「バナナって果汁にすると、甘くて濃厚なのですね。これは女子に受けますね」

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