第145話 〈ヨヨ〉先生は、サキュバスだ

 一階に降りていくと、店はまだ学舎生で埋まっている。

 「南国茶店」の出だしは順調のようだ。


 厨房で作業している〈カリナ〉と〈リク〉に、軽く会釈して、店を出る。

 《赤鳩》の前で別れる時、〈クルス〉は、直ぐに門に入って行かなかった。


 「〈タロ〉様が、見えなくなるまで、ここにいたいのです」


 〈クルス〉の中で、今日、何か変わったことがあったのか。

 僕がお尻を揉んだから。それじゃないだろう。

 口の中に舌を入れたのかな。それでも無いだろう。

 今日、変わったのでは無いのかも知れないな。

 いずれにしても、女の子の気持ちは良く分からない。


 僕は、〈クルス〉の何かの思いを背に受けて、《黒鷲》に向かって歩き出した。

 周りには、門をくぐる女の子の賑やかな声が、重なっていた。


 「武体術」の授業は、変わり映えがしない。

 僕と〈ロラマィエ〉が、他の奴らを連続で相手をしているだけだ。

 もう少し工夫が必要じゃないのかな。皆、飽きてきているぞ。


 僕もいい加減邪魔くさくなって、もう、わざと隙を作ってはいない。

 他のヤツらが無謀に打ちかかってきたところを、容赦なく打ち返してやっている。


 「痛い」って喚いているヤツもいる。「もう少し手加減しろよ」とほざくヤツもいる。

 しかし、剣の道は厳しいもんなんだよ。

 もっと、痛がれ。喚け。


 この痛さが最良の助言だ。頭や胴に、もっと助言を食らえ。ハッハッハッ。

 愛の鞭だと思って、耐えろ。

 間違っても、お前らなんか、愛していないけどな。


 「楽奏科」の授業は、〈ヨヨ〉先生が復帰された。


 無事に復帰されて、誠にお目出度い。

 真っ赤なワンピースの短い裾から、白のスリップが、チラリと見える。

 これも、紅白でお目出度い。

 真っ赤なワンピースの胸元の、深い切れ込みから、白のスリップが、チラリと見える。

 これも、紅白でお目出度い。

 いずれ、〈ヨヨ〉先生の大きな双丘の間から、初日の出が昇るのは、間違いないことだろう。


 復帰された〈ヨヨ〉先生は、妖艶さに磨きがかかった気がする。

 いや、現にかかっている。妖しさのオーラが倍増だ。人間の域を超えて来ている気もする。

 「〈ヨヨ〉先生は、サキュバスだ」説が出てきそうな勢いだ。


 少しやつれた様子が、仇っぽいのか。

 何かを沢山吸い取られたのが、原因かも知れない。

 吸われたのか、吸い取ったのかは、不明だ。両方ともあったのかも知れない。


 授業を受ける学舎生は、皆、なぜか前屈みになってしまっている。

 どうしたんだろう。

 皆は、先生の出す濃厚なフェロモンに当てられたみたいだ。

 先生のは、人間技じゃ無いからな。


 僕は、〈アコ〉と〈クルス〉がいるので、そうはならない。我慢ができる。

 見る以上のことをさせて貰っているからな。耐性がついている。

 〈アコ〉と〈クルス〉に感謝だ。

 〈ヨヨ〉先生の授業対策に、もっと耐性をつける必要があるな。頑張ろう。


 先生はまだ疲れているのか、あまり動かないし、学舎生もじっと先生を見ている。


 これでは、先生の豊満な肢体を、ただ鑑賞するだけの変な授業だ。

 「楽奏科」の授業とは言えないな。

 僕だけが、何とか先生の呪縛を逃れて、リュートの練習が出来ている。

 一人だけ、リュートの音を出しているのは、何だか間抜けだ。


 でも、僕を含めて、文句をいうヤツは一人もいない。

 期末試験がある《赤鳩》とは大違いだな。

 こんな授業があっても良いじゃないだろうかと思う。


 〈クルス〉は期末試験の勉強会があるので、夏服を受け取って、直ぐに《赤鳩》に帰ってしまった。

 僕と〈アコ〉は、〈クルス〉に「頑張って」「しっかり」と言って別れた。

 二人とも気楽なもんだな。


 今日は〈アコ〉と二人で過ごす。まあ、〈リク〉がいるんだけどな。


 〈南国果物店〉で、〈リーツア〉さんと夏の果物の協議を行った。

 結論は、スイカだけになった。

 メロンは持ちが悪いのと、スイカは大きいので二種類も店に並べらないからだ。


 僕もスイカだけでも良いと思う。

 何といっても、夏はスイカだ。

 赤い実が、どこまでも青い夏空にマッチしている。

 熱い夏に彩を添えるものとして、欠かせないピースだ。

 欠ければ、心のどこかが物足りないはずだ。

 きっと、大儲けに違いない。今から笑いが止まらないぞ。


 〈アコ〉と〈リーツア〉さんが、大笑いしている僕を気持ち悪そうに見ている。


 「〈タロ〉様、なぜか分かりませんが、楽しそうですね。

 でも、笑い終わって私の話を聞いてください。少し怖いですわ」


 「話って何だい」


 「今日は演劇を見たいのです。評判の劇があるのですわ」


 「へぇー、そうなんだ。どんな劇なの」


 「「花と剣と嵐」という舞台ですわ。悲恋の物語なのです」


  「凄く評判になっている舞台ですね。主役の女性が美人らしいですよ」


 〈リク〉も知っているようだ。有名なんだな。

 主役が美人なんて、〈カリナ〉の聞かれても知らないぞ。


 「そうなの。面白そうだな。行ってみようか」


 「わぁ、ありがとうございます。楽しみですわ」


 辻馬車で、噴水通り沿いにある「アルプ都劇場」へ向かった。

 「聖母子教会」に近い場所だ。教会の尖塔が見えている。

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