第142話 私はもう口説かれませんよ

 「聖母子教会」から帰って、店の厨房を借りて〈クルス〉は今日の夕食を作っている。

 僕はその間、〈リーツア〉さんと世間話だ。


 〈リーツア〉さんに、〈クルス〉の祈祷のことを話したら、若い女性が祈祷するのなら、

 「元気な赤ちゃんが生まれますように」に決まっていると断言していた。

 「なんと言っても、「聖母子」ですよ。ご領主様」とニタリと笑いながらだ。

 「死んだほうが良い」と言っていたのは誰だったのだろう。


 昼食を食べて、〈南国茶店〉に向かった。

 〈カリナ〉は、厨房の奥で忙しそうにしている。 

 〈テラーア〉も、注文を聞くので手一杯みたいだ。

 店が流行っているのは良いことだが、〈カリナ〉をからかえないのは面白くないな。

 まあ、後のお楽しみとしておこう。


 僕は厨房に入って、ちょうど二つあった蜜柑果汁が注がれているコップを二つ失敬した。

 〈カリナ〉が「あっ」って言ったように思ったが、たぶん思い違いだろう。

 〈カリナ〉を手伝うつもりか、厨房に入ってきた〈リク〉を残して、〈クルス〉と二階に上がった。


 もう、〈リク〉は〈カリナ〉の尻に敷かれているようだ。

 〈カリナ〉のお尻は、それほど敷かれ心地が良いのか。大きくて柔らかくて、気持ちが良いのか。

 お尻を顔に押し付けるなんて、何ていやらしいプレイだ。

 この店は健全な店だから、お尻をだけで留めておいて欲しい。


 二階に着いたら、早速部屋着に着かえよう。

 〈クルス〉が洗濯してくれたので、太陽の光を浴びてふかふかだ。

 部屋着を着替え終わって、ソファーに座った。


 「〈クルス〉、蜜柑果汁を飲もうよ」


 「〈タロ〉様、良いのですか」


 「何が」


 「〈カリナ〉さんが、すごい目で睨んでいましたよ」


 「そうなの。まあ、僕は店主だから構わないさ。また、〈カリナ〉が入れれば良いだけだよ」


 「はあー、そんなことを言って。私は知りませんからね」


 「そんなことより、早く飲もうよ」


 蜜柑果汁は濃厚な甘さがありつつ、後味はさっぱりとしている。

 やっぱり美味い。流行っているのが分かるな。


 「〈タロ〉様、甘くて酸っぱくて、とても美味しいですね」


 〈クルス〉もコクコクと嬉しそうに飲んでいる。


 「〈クルス〉、舞踏会は楽しかったかい」


 「はい。本当に楽しかったです。私の一生の思い出です」


 「ははっ、〈クルス〉はいつも大げさだな」


 「大げさじゃないです。

 お母様の形見のドレスを着て、〈タロ〉様と踊れたのですから、これほど嬉しいことはありませんよ。

 それに、〈タロ〉様にまた助けて頂きました。

 私は、いつも〈タロ〉様に、守られているのだと、実感出来たのも嬉しかったです」


 「たいしたことじゃ無いよ」


 「〈タロ〉様はそうおっしゃいますが、私はとても嬉しかったのです。

 胸がキュンとして堪りませんでしたよ」


 そう言いながら、〈クルス〉が顔を近づけてきたので、〈クルス〉の唇に軽くキスをした。

 もっとキスしようとしたら、〈クリス〉が聞き返してきた。


 「〈タロ〉様は、楽しかったのですか」


 「僕も、もちろん楽しかった。

 〈クルス〉と踊れたのは、とっても嬉しかったから、僕も良い思い出になったよ」


 「それを聞いて安心しました。少し気になっていたのです」


 「変なことを気にするんだな」


 「変なことじゃないです」


 「変と言えば、寮に帰ってから、あの三人組はどうだったの」


 「あぁ、それは、酷かったですよ。寮に帰るなり、三人囲まれて色々尋問されました。

 殆ど答えなかったのですが、全部と言うわけにもいかず。少しだけ話してしまいました。

 話すまで、手と腰を掴んで離してくれないのですよ」


 「へぇー、どんなことを話したの」


 「あは、それは秘密です」


 「どうして」


 「恥ずかしいからに決まっています」


 「おっ、キスしたとか言ったの」


 「そ、そんなこと言うわけありません」


 「どうして」


 「恥ずかしいからに決まっていますし、もっとからかわれます」 


 「あの三人なら、そうかも知れないな」


 「そうに決まっています」


 「それにしても、ドレスを着た〈クルス〉は綺麗だったな。赤い口紅もとっても似合っていたよ。

 他の女の子より、ずば抜けて美しかったな。やっぱり、王国一の美人で、薔薇の精だよ」


 「まあ、また、そんなことを言って〈タロ〉様は。本当に私を口説こうとしていますね。

 でも、私はもう口説かれませんよ」


 「えっ、そうか。僕の言い方がまずかった」


 「そうじゃないです。私はもう〈タロ〉様に口説かれてしまっていますから。

 口説かれ済の女を、口説きようが無いでしょう」


 「おっ、そうなの。いつ口説いたかな」


 「《ラング》の町の私の部屋です。ベッドの上で泣いている私を口説かれました。お忘れですか」


 「あの時か。僕は突っ立ってた、だけだった気がするけど」


 「そんなことは無いです。私は自信と真心を頂きました。

 私は完璧に口説かれてしまったのですよ。

 〈タロ〉様、私を口説いた、責任を取ってください」


 僕は、〈クルス〉の首の後ろ側に手を回して、〈クルス〉の唇に、二度「ちゅ」と音を立ててキスをした。

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