第140話 〈クルス〉のお尻を払う

 「君、大丈夫。足が痛いの」


 青いドレスを着た小柄な女の子が、泣きそうになりながら、床に座り込んでいる。


 「足首を捻ってしまって、転んだんです」


 「もう直ぐ係の先生が来るから心配するな。大丈夫だよ。

 足首を動かさないように、じっとしているんだよ」


 青いドレスの女の子は、少し安心したのか。「はい」って言って、大人しくしている。


 ペアの男の子は、動物園の熊にように、周りでウロウロしているだけだ。

 何にか、声をかけてやれよ。


 そのうち、近くで踊っていた女の子の友達が、世話をしだしたから、もう僕の出る幕はない。

 係の先生が来て、僕と〈クルス〉に怪我がないことを確認して、捻挫の女の子を担架で運んでいった。


 捻挫の女の子は落ち着いてから「私のせいですいません」と謝っていた。

 ペアの男の子が、手を離したのもいけないんだけどな。


 「〈タロ〉様、服が汚れたので払いますね」


 と言って、泣き止んだ〈クルス〉が手で服の埃を払ってくれている。

 これは、僕もお返しに、服の埃を払わなくてはいけないな。


 〈クルス〉のお尻を軽く触って埃を払ってあげた。あくまでも、埃を払ったんだ。


 〈クルス〉は「あっ」って小さく声をあげたけど、僕の服を払い続けている。

 目は、僕をキッと睨んでいる気もしたが、たぶん気のせいだ。


 いつ触っても〈クルス〉のお尻は柔らかくて触り心地が良いな。

 次は胸のところを払ってあげよう。


 〈クルス〉の胸の方へ手を伸ばすと、〈クルス〉が僕の腕を掴んで妨害してきた。

 埃を払ってあげるのに、なぜ妨害するの。


 「〈タロ〉様、袖にも埃がついているので、払いますね。

 でも、私のお尻と胸は床にはついていませんよ。こんな大勢の人の前で何しているのですか」


 やっぱり、バレていたか。お尻と胸が、床にはついていないのは、盲点だった。

 触ることしか、考えていなかったよ。


 「あっ、そんなつもりじゃ無かったんだよ 。ごめんなさい」

 そんなつもりしか無かったのが、真相だけど。


 「〈タロ〉様の手は、私の頭を撫でていたら良いのです」


 〈クルス〉は、僕の手を自分の頭に持っていった。

 しょうがない。〈クルス〉の髪だけでも触っていよう。

 何も触らないより百倍ましだ。〈クルス〉の髪も、サラサラしてて、触り心地が良いからな。


 騒ぎを聞きつけたのか、〈クルス〉の友達の三人組が近づいてきた。


 「〈クルス〉がこけたって言うから、心配して見に来たら、〈タロ〉様とイチャイチャしている。〈クルス〉って、こんなに大胆なんだ。〈クルス〉やるな」


 「きゃー、〈クルス〉が頭を撫でられて、デレデレしているよ。甘えんぼだ」


 「あぁぁ、ち、ちょっと待ちなさいよ。〈タロ〉様、頭はもう良いです」


 「可愛いくなるって、こういうことなんですね。〈クルス〉の目がトロンとしているよ」


 「へ、変なこと言わないでよ。皆、何なのよ」


  〈クルス〉は、照れているのだろう、頬をほんのりと染めて、抗弁している。


 「だって、本当のことだもん」


  三人組は、〈クルス〉をからかうのが楽しいんだろう。もっと油を注ぐようだ。


 「そうよ。見たままよ。正直になりなさいよ」


 「〈クルス〉、すごく嬉しそうだったじゃない。良く言うわ」


 「も、もお、いい加減にしなさいよ。皆、怒るわよ」


 〈クルス〉は、本気で怒ったのだろう、顔を真っ赤にして、手を振り回しながら怒っている。

 〈クルス〉が、こんなに感情をむき出しにするのは、珍しいな。

 この三人組には、気を許しているんだろう。


 

 「きゃー、〈クルス〉がまた怒った。皆、早く逃げろー」


 三人組は、また「きゃー、きゃー」と笑いながら走っていった。

 元気がありあまっている。


 「〈タロ〉様、すいません。あの子達、普段は悪い子じゃないのですが」


 「まあ、舞踏会で気分が高揚しているんだろう。可愛らしいもんだよ」


 「そう言って頂けて有難いです。でも、寮に帰ったら、頭が痛くなりそうです。

 〈タロ〉様とのことを根掘り葉掘り聞かれそうで、今から嫌になります」


 「ははは、〈クルス〉も大変だね」


 楽団の演奏が一際大きくなり、そして、寂し気な旋律に変わった。

 ここにいる学舎生に、舞踏会の終わりを告げているのだろう。


 演奏の最後の一音が消えて無くなり、会場が静寂に包まれる。


 この静寂を破って、係の先生が元気よく前に飛び出してきた。

 歌か、体操のお兄さんのようにだ。


 先生が、「今日は緊張したか」と皆に聞くと、


 「緊張しました。漏らしそうでした」


 と男の子も、女の子も、大声で叫び返して、会場は爆笑に包まれた。


 先生が、「今日は青春したか」と皆に聞くと、


 「少し青春しました。少し挫折もしました」


 と男の子も、女の子も、大声で叫び返して、また爆笑に包まれた。


 先生が、「卒業舞踏会も参加するか」と皆に聞くと、


 「絶対参加します」


 と男の子も、女の子も、両手を天井に突き上げて、怒鳴るような大声で叫び返した。


 横にいる〈クルス〉も「絶対参加します」と、両手を挙げて大きな声で叫んでいた。

 泣き止んだはずなのに、瞳が濡れているように見えた。

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