第139話 三人組

 「〈クルス〉は、〈タロ〉様と二人切りの時はどんな感じですか。

 いつもはすごく真面目で、きっちりとしているんですよ」


 「そうだな。二人切りの時の〈クルス〉は、とっても可愛いよ」


 「きゃー、〈クルス〉が可愛いくなるのですか、どんな感じなんですか」


 「それは…」


 「あぁぁ、ちょっと、〈タロ〉様。それ以上言ったらダメです。

 皆、いい加減にしなさいよ。怒るわよ」


 「きゃー、〈クルス〉が珍しく怒ったよ。退散だー」


 〈クルス〉の友達の三人組は、「きゃー、きゃー」と笑いながら走っていった。

 なんだったのだろう。


 「〈タロ〉様、すいません。あの子達は私をからかいにきたのです」


 「そうなんだ」


 「そうなのです。いつも〈タロ〉様ことを聞いてくるのですよ。困っています」


 男性のことに興味がわく年頃なんだろう。

 〈クルス〉は男性と付き合っていて、深い仲になりつつあるから、格好の標的なんだろう。

 深い仲にしようとしているのは僕だけど。


 〈ヨヨ〉先生が、また指揮棒を持った。三回目が始まりそうだ。


 「〈クルス〉、どうする。踊る」


 「私は〈タロ〉様に合わせますよ」


 「最後だから、踊るか」


 僕は〈クルス〉の手を取って、真ん中の方へ向かった。

 〈クルス〉は、僕の方を見て、ニコニコしている。やっぱり、踊りたかったんだな。

 頑張って、練習したもんな。


 最後の踊りだけあって、ペアの数が多い。

 もうこれで終わりだから、男の子は思い切って、女の子を誘ったんだろう。

 女の子も、誘われやすいように、前に出てアピールしたのかも知れない。


 僕が言うのもなんだけど、こういう機会は大事にしなければいけないと思う。

 許嫁がいなかったら、僕はどうしていたんだろう。

 積極的に誘ったのかも知れないし、恥をかくのを恐れて、もじもじとしていたのかも知れない。


 たらの話を、考えても仕方が無いか。

 まあ、ペアの数が多いのは、誰にとっても喜ばしいことに違いない。

 今は、〈クルス〉と踊ることを楽しもう。


 「〈クルス〉、真ん中は新しい人達に譲って、端の方で良いかい」


 「はい。良いですよ。私は〈タロ〉様と踊れたらどこでも良いのです」


 「へぇー、商店街の道でも良いの」


 「ふふふ、良いですよ。でも、楽団を用意して下さいね」


 「あらゃ、そうきたか。今のは〈クルス〉の勝ちだな」


 「勝っちゃいました。〈タロ〉様に、何かおねだりしなければいけませんね」


 「えぇー、何でそうなるの」


 「ふふふ、冗談ですよ。冗談」


 〈クルス〉は、僕の方を見て、にこやかに微笑んでいるけど、目がキラッと光った気がした。

 気のせいだろう。たぶん。


 僕達は、直ぐ横が壁のところで踊った。

 最後にペアが出来た人達を優先する意味もあるが、人数が多くなって危ないことが主な理由だ。

 こんなところで、怪我をするのはバカらしいからな。


 輪舞旋楽が終わって、跳舞旋楽が始まった。この曲が舞踏会の最後だ。


 「〈クルス〉、楽しいか。壁は気にならない」


 「はい、〈タロ〉様。とっても楽しいです。

 〈タロ〉様の顔をずーと見ているので、壁は関係ないですよ」


 「僕の顔が楽しいの」


 「そうです。楽し過ぎて困っています。私どうしたら良いですか、〈タロ〉様」


 「僕の顔で良かったら、いくらでも見てよ。減るもんじゃないし。安いもんだよ」


 「ふふふ、それではお言葉に甘えますよ」


 〈クルス〉は、顔を近づけて、もっと僕の方を見てきた。

 よほど楽しいのだろう、クスクスと声を出して笑っている。


 突然、「きゃー」と言う悲鳴が聞こえて、横で踊っていたペアの女の子がバランスを崩して〈クルス〉にぶつかってきた。


 〈クルス〉も「キャッ」と短く叫んで、女の子の体重を支え切れずに倒れかけている。

 後ろからの不意打ちではどうしょうもない。


 僕は、直ぐに〈クルス〉の手を引きながら、〈クルス〉の下に滑り込んだ。

 何とか下に入れたと思った瞬間に、女の子二人分の体重がお腹に落ちてきた。

 「ぐげっ」って息が漏れ、吐きそうになった。

 二人の女の子、八十キロ以上の重量を腹で受け止めたんだ、相当の衝撃だ。


 「きゃ、〈タロ〉様、大丈夫ですか。お怪我はありませんか」


 僕は腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 触った感じ、あばらは折れていないようだ。良かった。


 「う、大丈夫だよ。〈クルス〉の方こそ大丈夫なの」


 「私は、〈タロ〉様が下になってくださったので何ともありません」


 急にこんなことになって驚いたのと、心配なんだろう。

 〈クルス〉はちょっぴり涙を流している。

 僕は〈クルス〉の頭を撫ぜながら、〈クルス〉を宥めた。


 「少しは鍛えているから、〈クルス〉の下敷きになるくらい平気だよ」


 「ううぅ、〈タロ〉様。本当に怪我はないのですか」


 「本当だよ。見てごらん。ぴんぴんしているだろう」


 「ううぅ、良かったです。また、私のために怪我をされたのかと、気が気じゃなかったのです」


 まだ、クスンクスンと泣いている〈クルス〉の頭を撫ぜながら、周囲を見ると、足首を押さえながら呻いている女の子が見えた。

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