第137話 逢えて良かった 

 「健武術場」の中は、大勢の男女がワラワラとうごめいている。


 《黒鷲》と《白鳩》の六倍の人数だから当然だけど、それにしても多い。

 これだけの人数がいて、踊ることが出来るのか。怪しいくらいだ。


 《赤鳩》の学舎生は、色とりどりのドレスで着飾っている。

 赤に、緑に青と、他にもある。色の洪水が押し寄せてくる。

 百人分のネックレスやイヤリングが、キラキラと光を反射しているさまは、圧巻だ。

 髪飾りも、色んな種類で競っているように見える。


 《白鳩》よりは、ドレスが地味な印象を受けるが、とにかく人数が多い。

 百人以上の女の子の集団だ。カラフルな色と黄色い声の重なりに圧倒される。


 お化粧と香水の匂いも、これだけいれば、もう暴力だ。

 女の子の匂いが、「健武術場」の中に充満している。


 僕達は圧倒されて、腰が引けてしまった。


 《青燕》の集団もいけない。青い燕尾服の塊だ。若い男が出す、圧と熱がすごい。

 《赤鳩》の百人を目の前にして、興奮で目が血走っている感じだ。ギラギラしている。


 こちらは、汗の匂いと体臭がキツイ。緊張か、興奮か、もう汗をダラダラかいているヤツがいる。

 女の子の出す匂いと、男の子が出す匂いが混ざって、一種異様な世界を形成しているぞ。


 この中を《黒鷲》でございと、真っ黒い燕尾服で突っ切っていくのか。

 これはもう敵対行動と思われるぞ。気が重い。


 〈ソラ〉はちゃっかり、青い服を着ている。

 「青い服を用意しなかったのですか」と憐みの声をかけられたよ。

 そういう事はもっと早くに言ってくれよ。恨むよ。


 でもだ。扉の前にいても、埒が明かない。

 僕は〈クルス〉を、〈ソラ〉は別行動で従妹を捜すことになった。

 〈クルス〉は一組で、従妹は三組だからしょうがない。一人は心細いな。


 「健武術場」をウロウロと捜して歩くが、視線が突き刺さってくるように痛い。

 「何だ、コイツは」という目で見られている気がする。

 僕が近づくと話を止めて、じっと見てくるのが辛い。

 敵認定をされて、監視されているようだ。


 しばらく、あても無く彷徨していると、向こうから〈クルス〉が小走りでくるのが見えた。

 良かった。助かった。〈クルス〉が見えてほっとした。もう一仕事終わった感じがする。


 「〈タロ〉様、お待ちしていました。約束を守って頂けたのですね」


 「〈クルス〉、逢えて良かったよ。捜してくれたんだね。ありがとう」


 「私も逢えてすごく嬉しいです。安心しました。

 〈タロ〉様が中々みつからないので、ちょっぴり心配していたんです」


 「心配をかけて悪いな。人数に圧倒されて隅で固まっていたんだよ」


 「私の方こそ、少し〈タロ〉様のことを疑ってしまって。

 思い切り反省しています。許して下さい」


 「気にしないで。反省するほどのことじゃ無いよ。

 それより、髪飾りを着けるから、じっとしてて」


 〈クルス〉は直毛だから、髪飾りは簡単に着けられた。

 《紅王鳥》の羽の髪飾りは、そんなに注目されなかった。

 そばを通る学舎生が、時折「おぉ」と言う顔で見ていくだけだ。


 踊りを誘うのと、誘われるのに必死なため、他人の髪飾りに構っている、余裕も関心も無いのだろう。

 そりゃそうだろう。僕も他の女の子の髪飾りなんて全然見てない。

 見ているのは、顔と胸だな。少しお尻も見さして頂いた。


 楽団の演奏が激しくなっていく、早く誘えと急かしているように聞こえるな。


 ここでも、〈ヨヨ〉先生が、お気に入りの学舎生を引き連れて指揮をしているみたいだ。

 指揮者から少し離れて男の子が集まっているので分かる。

 〈ヨヨ〉先生の、胸元が大胆に開いて、身体の線が露わになったドレスに吸い寄せられているのに違いない。


 「美しいお嬢様、わたくしと踊っていただけますか」


 大げさにお辞儀をして〈クルス〉を踊りに誘った。

 違う誘い方が出来るほど語彙力はないんだ。


 「は、はい。ありがとうございます。私で良ければ喜んでお受けします」


 〈クルス〉は、ドレスを手で摘まみ軽く膝を曲げてお辞儀を返してきた。

 右手を差し出すと、〈クルス〉は僕の手を取って、固く握ってきた。

 〈クルス〉の顔は真っ赤だ。照れているんだろう。


 そのまま、二人で手を繋ぎ「健武術場」の真ん中の方へ進んだ。

 真ん中は、すごく混んでいて、女の子と男の子の発する熱気で火傷をしそうだ。

 ただ、人数の割にペアが出来なかったのか、何とか踊れそうなスペースはある。


 もう出来上がったペアが中央に集まって、踊りが始まるのを待っている。

 楽団の演奏が三拍子に変わった。踊りの始まりだ。


 「〈クルス〉、踊ろうか」


 「はい。〈タロ〉様」


 僕達は、他のペアの間をすり抜けながら踊りを始めた。

 「こいつ何者だ」「のこのこと来るなよ」という感じで見られているけど、今は気にならない。


 〈クルス〉と踊るのが純粋に楽しいからだ。

 〈クルス〉は、僕のリードに、迷いもせず躊躇なく従ってくれる。

 〈クルス〉と一体になって、舞っている感じが、僕の心を高揚させる。

 〈クルス〉も同じように感じているのだろう。


 頬が紅潮して、目が輝いている。

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