第135話 ボヨンボヨンと飛び跳ねている

 〈ヨー〉は、僕が「よろしく」と言っても黙って頷くだけだし、今も後ろを黙って付いてきている。コミュニケーションが取れないな。


 楽団の演奏が始まって、手を握って背中に手を添える時、〈ヨー〉は、身体をビグッと震わして固まってしまった。

 男に慣れて無いんだろうな。


 「〈ヨー〉、心配するなよ。僕は〈アコ〉の許嫁だ。取って食べたりしないよ」


 「すいません」


 「おぉ、〈ヨー〉の声が聞けて嬉しいよ。顔と同じで可愛い声なんだな」


 「可愛いなんて」


 〈ヨー〉は顔を真っ赤にして、俯いたままで僕の顔を見ることが出来ないみたいだ。

 大きな胸が気になるけど、出来るだけ見ないようにしよう。

 〈ヨー〉が嫌がるだろうし、〈アコ〉に告げ口されると怒られる。


 踊りの方は、緊張でカクカクしているけど、子供の時から練習してたんだろう、ステップは正確だ。

 でも、恐る恐るという感じで、音楽に合わせて僕と一体になって踊っているというものではない。 これじゃ、踊っていても楽しくないだろう。


 「〈ヨー〉は、頑張って練習してたんだね。足さばきが正確だな」


 「えっ、そんなに正確ではないです」


 「そうかな。上手いと思うよ。踊るのは楽しくないの」


 「うぅ、知らない人は苦手なのです」


 「そうか。僕もそうだけど。〈ヨー〉が優しい女の子だから大丈夫なんだ」


 「えっ、私が優しいですか」


 「そうじゃないの。本当は意地悪なの」


 「ち、違います。私、意地悪ではありません」


 「そうだろう。そう思っていたよ」


 「でも、私はそれほど良い子ではありません」


 「そうなの。〈アコ〉に悪戯とかしちゃうの」


 「えっ、しませんよ。少しくすぐったりするだけです」


 「へー、〈アコ〉の弱点はどこなの。教えてよ」


 「だ、だめですよ。そんなこと教えられません。〈アコ〉が可哀そうです」


 「自分はしてるのに」


 「〈アコ〉の方からしてくることが多いのです」


 「ほー、〈アコ〉は結構意地悪なんだな」


 「な、何言っているのですか。そんなことありません。〈アコ〉は私にとても良くしてくれます。意地悪なんてありえません。そんなこと言わないでください」


 〈ヨー〉は、怒ったのか僕の目を見て、大きな声で訴えてきた。

 〈アコ〉への悪口が我慢ならないようだ。


 「ありがとう。〈ヨー〉のおかげで疑いが晴れたよ。〈アコ〉とは親友なんだな。

 これからも、〈アコ〉と仲良くしてやってくれよ」


 「はい。私の方が仲良くしてもらっているのですが、ずっと親友でいたいです」


 〈ヨー〉は、〈アコ〉の弁護が上手くやれた感があるのだろう。

 緊張はだいぶ解けて、嬉しそうに少し微笑んでいる。

 顔も上げて僕の顔を見られるようになったみたいだ。


 踊りの方も、カクカクしなくなって、優雅にステップを踏み出した。

 僕にも少し慣れてきたんだろう。

 やっと、踊りを楽しめるようになったと思う。


 〈ヨー〉は何とかなったので、周囲を見渡してみた。

 〈ソラ〉と〈メイ〉のペアが見える。


 〈メイ〉は口を開けて笑っているし、〈ソラ〉も楽しそうに微笑んでいる。

 〈メイ〉は本当にいつも朗らかだな。明るくて良い娘だ。


 〈フラン〉も誰か知らない娘と踊っている。

 今度の子はあまり美人じゃないけど、身長は低い子だ。

 身長の低い子を選んでいるんだな。


 当然だが、〈アコ〉も〈ラト〉と踊っている。

 〈アコ〉も〈ラト〉も微笑んでいて楽しそうだ。

 〈ラト〉は〈アコ〉の手を固く握っているし、背中を必要以上に触ってやがる。

 胸にずーと視線がいっている気もする。

 何だか腹立たしいぞ。気に入らないな。


 〈ヨー〉との息も合ってきて、跳舞旋楽も思っていた以上に上手く踊れた。

 〈ヨー〉も始終笑顔で飛び跳ねている。踊りは好きなのかも知れないな。


 僕は〈ヨー〉の胸から視線を引きはがすのに疲れた。

 目の前でボヨンボヨンと飛び跳ねているんだから。

 ボヨンボヨンと音が鳴っている気がするくらいの動きなんだ。


 〈アコ〉と〈ラト〉は、バラバラな踊りになっている。急造だから当たり前か。

 だけど、〈アコ〉が微笑んでいて楽しそうだから、気になるな。


 〈ソラ〉と〈メイ〉はもう少しましだが、それほど変わらない。

 〈フラン〉のペアは中々上手い。

 〈フラン〉のリードが上手いのか、女の子が合わせるのが上手いのか、どちらなんだろう。


 二回目が終わって、皆、係の先生の近くのテーブルに集まった。

 めいめいが、水分を補給する。二曲踊ったから、汗をかいて、喉も渇いている。


 「〈タロ〉様、汗を拭きますね」


 〈アコ〉が汗を拭いてくれるけど、少し不機嫌な感じだ。

 僕も少し腹が立っているから、二人の間は微妙な雰囲気になった。

 いつもみたいに、話が続かない感じだ。


 休憩が終わって、最後の三回目が始まった。

 疲れて休んでいる子や崩れたお化粧を直しにいっている子もいて、踊るペアは少なくなっているようだ。


 「〈アコ〉、疲れてない」


 「大丈夫です。踊りたいです」


 〈アコ〉のお化粧はごく薄いから化粧直しも必要ないようだ。

 楽団の演奏が始まった。楽団も疲れているようで、テンポが少し遅くなっている気がする。

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