第134話 審美眼

「〈アコ〉、水色のドレスがとても似合っているよ。

 潤いがあって清らかな〈アコ〉にピッタリだ。

 それに、もう〈アコ〉は大人だな。あまりにも素敵だから目が離せないよ。

 やっぱり、国中で一番の美人だ」


 「もお、〈タロ〉様。あまり褒めないで下さい。嬉し過ぎて困ります。

 無理して大人の女性になっているのに、顔がにやけてしまいますわ」


 「にやけている〈アコ〉も可愛いよ」


 「もー、やめて〈タロ〉様。それより、さっきの〈ミ―クサナ〉の嫌味を上手く返されましたね。

 私、笑いを堪えるのに必死でしたわ」


 「あれ、嫌味なの。

 てっきり、自分は〈アコ〉に美しさで完敗しているっていう宣言かと思ったよ」


 「はー。わざわざあの場で完敗宣言をしませんわ。〈タロ〉様はすごく思考が前向きです。

 人を良い方に取るんですね。私は、そんな〈タロ〉様がとっても好きです」


 「思ってもいないことで褒められると、何だか照れるな。

 それより、さっきの子が意地悪するのか。なにかあったら直ぐに言いなよ」


 「はい。〈タロ〉様。でも、私は〈タロ〉様に守られているから大丈夫ですわ」


 「守られているって、《白鶴》では一緒にいないよ」


 「そんなことは無いですわ。今も私は〈タロ〉様に頂いた物で、全身が包まれています。

 お母様の形見も着けています。私は自信と誇りで包まれているのですよ」


 「おっ、そうなの。そんな風に思うの」


 「そうですわ。だから、少しおねだりするのは、許して下さいね」


 少しなのかな。疑問があるぞ。


 「善処します」


 「ふふふ、それと〈ラミ〉を殆ど見られなかったのはなぜですか。

 あの子は美人だから、男の子は皆見るのに。内心、心配していたのです」


 「それは、〈アコ〉の方が美人だからさ。今日は特に唇が色っぽいから困っているんだよ」


 「もお、〈タロ〉様。嬉しいですけど、ここでキスしたらダメですよ」


 「やっぱり」


 「やっぱりじゃありませんわ。大勢の人が見ているのですから、お願いしますよ。

 それと、〈ラミ〉より私の方が美人と思うのはどうしてですか」


 「どうしてもこうしても無いよ。それが事実だからさ」


 「事実ですか。本当に、そう思っていらっしゃるのですか」


 「本当だよ。疑っているのかい」


 「そうでは無いのですが。どう言ったら良いのでしょう。

 〈タロ〉様の審美眼は他人とは違うのかしら」


 「自分で言うのはおこがましいが、僕の感性は他人の上をいっているんだろう。

 自分の感性の良さが、たまに怖くなるよ」


 「んぅ、心配していたのがバカみたいです。

安心したら、何だか身体がフアフアしてきました。

〈タロ〉様に抱きしめて欲しくなっています。不思議な感覚ですわ」


 「抱き着くのはダメですよ。大勢の人が見ているのですから、お願いしますよ」


 「まぁー、その言い方。先程の仕返しですか。抱き着いたりしませんよーだ」


 大人の女性になるには、〈アコ〉まだ少し時間がかかるようだ。


 演奏の音が変わった。次は跳舞旋楽が始まる。

 今日は短時間で三回、輪舞旋楽と跳舞旋楽を繰り返すので、一曲が短いようだ。


 跳舞旋楽も練習の成果が出て楽しく踊れた。

 〈アコ〉と一体になって、飛んで跳ねて回れている。

 この踊りはテンポが速いから、他のペアは輪舞旋楽よりもっと踊りがバラバラだ。

 それに比べて僕達は、音楽に乗ってちゃんと踊れていると思う。

 子供の時から練習しているからな。僕達が一番上手く踊れているのは確定だ。


 「あいつら、上手いな」って声も囁かれているぞ。鼻高々だな。

 〈アコ〉は「フン」って鼻息も荒く、気合を入れてドレスを翻して回っている。


 もうひとペア注目を浴びているのが、〈フラン〉と〈ラミ〉だ。

 小柄なのを生かして軽快に踊っているし、何よりすごく可愛い子が二人で踊っているので目立つ。

 二人組のアイドルユニットのようだ。

 女の子達が小声で「キャーキャー」言っている。


 「〈フラン〉は「キャーキャー」言われて良いな」


 「キャー、〈タロ〉様すてき。これで満足でしょう」


 どうしてだが、涙が込み上げてきた。複雑だ。


 演奏の音が変わって、休憩になった。

 僕と〈アコ〉は、係の先生の近くにいる〈ヨー〉の所へ戻っていった。


 〈ラト〉もこっちに来ていて、今は休憩している〈ヨヨ〉先生を凝視している。

 〈ヨヨ〉先生は、いつものように胸のところが大きく開いた身体の線がハッキリ分かる大胆なドレスを着用されているので、無理もないか。

〈ヨヨ〉先生は、こういう服しか持っていないのかもしれないな。


 「〈ヨヨ〉先生、休養日までお仕事大変ですね。お疲れ様です」


 「〈タロ〉君、ありがとう。先生の趣味だから苦にはならないわ。大丈夫よ」


 今日の先生は少し素っ気ない。楽団の卒舎生と話す方が大切みたいだ。

 卒舎生は優男タイプのイケメンで揃えられている。

 先生の趣味で選んでいるのだろう。

 僕はお呼びじゃないと言うことか。少し淋しい。


 「〈ヨー〉、次はあなたの番よ。しっかりね」


 「〈ラト〉、先生ばかり見てないでこっちへ来いよ」


 僕達はペアを代えて真ん中の方へ進んだ。

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