第132話 ナンパの始まりだ

 しばらくすると、《白鶴》の学舎生が入場してきた。

 色とりどりのドレスを着た女の子の集団だ。


 「健武術場」が、一気に華やいだ空気になって、虹色に輝くダンスホールになった感じだ。

 女の子のさざめくような高く細い声が重なって、僕達の鼓膜をウワンウワンと震わせる。

 「健武術場」に似つかわしくない、お化粧の匂いと香水の香りが流れて来る。

 僕達は、その甘い女の子の匂いを嗅いで、身体にビリビリと震えを覚えた。

 華やかで艶やかだ。人生で何度もない心躍る瞬間かも知れない。


 後の連中は、この集団に恐れをなして、もっと僕の背中に隠れてしまった。

 あまりの華やかさと生気に、心躍るより先に、気おくれが生じたのだと思う。

 ドレスを着た女の子の集団は、男の子に作用する電磁波的なものを発しているのだろう。


 集団の中には、当然〈アコ〉がいる。

 お澄まし顔でお行儀良く歩いているのが確認出来た。

 ただ、〈アコ〉だけ頭のあたりが寂しい。髪飾りを着けてないからだ。


 係の先生が数人すでに配置についている。

 〈ヨヨ〉先生と、楽器を抱えた元学舎生の楽団も先に入場している。

 〈ヨヨ〉先生達は、音合わせに忙しいようだ。


 係の先生は《黒鷲》と《白鶴》の学舎生を、男女が交互になるように、一組と二組を並ばせていく。

 僕達も、先生の指示でぞろぞろと移動する。

 〈アコ〉の組は、《黒鷲》の一組の横になったので、〈アコ〉は見えない。


 最後に学舎長が入ってきて、新入生歓迎舞踏会の始まりだ。

 始まりは始まりだが、学舎長の挨拶が、両方とも長い。

 係の先生の注意事項の説明が終わって、〈ヨヨ〉先生が指揮棒を振った。


 ただ、まだ踊りは始まらない。楽団の演奏をバックにナンパの始まりだ。

 ナンパじゃないや、ダンスの誘いだった。


 ぞろぞろと動き始めた《黒鷲》の学舎生を尻目に。僕は〈アコ〉の元に急ぐ。

 早く、髪飾りを付けてあげなくてはならない。

 後の連中も、ゾロゾロとついて来る。カルガモの親子か。


 「〈アコ〉、お待たせ。今、髪飾りを付けるよ」


 「〈タロ〉様、慌てなくても良いです。まだ、踊りは始まっていませんわ」


 僕は〈アコ〉の髪に髪飾りをつけた。

 〈アコ〉の髪はフアフアでウェーブしているから難しい。何回かやり直した。


 着け終えた《紅王鳥》の羽の髪飾りを見て、周りから、「何だ、あれ。すごく綺麗な紅色だ」「あんな色の羽、見たことないわ」と、ざわめきが聞こえてきた。

 《紅王鳥》の羽とは分からないようだな。


 「〈タロ〉様、私の髪、くせ毛で着けにくいでしょう。ごめんなさい」


 「なに。〈アコ〉の髪は素敵な髪だよ。ほら、髪飾りが良く似合っているぞ」


 「こほん、二人の世界に入っているところを申し訳ありませんが。

 〈アコ〉、あなたの素敵な殿方を紹介して下さらない」


 「〈ロロ〉、二人の世界って何よ。急がせないでよ」


 「待ちきれないのですわ」


 「もう、分かったわ。

 こちらは、私の婚約者で、〈ラング〉伯爵の〈タロスィト・ラング〉卿よ。

 それから、こっちのせっかちな女性は、〈ロローナテ・レクル〉嬢よ。

 〈レクル〉公爵の娘さんなの」


 〈ロロ〉嬢は、公爵の娘だけあって、凛とした雰囲気のすらっとした美人さんだ。

 黄色のドレスが良く似合っている。

 喋り方が理知的で、頭の良い、しっかりしたお嬢さんだと想像出来る。


 「初めまして、〈タロスィト・ラング〉と言います。以後よろしくお願いします。

 いつも、〈アコーセン〉がお世話になりありがとうございます」


 「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。〈ロローナテ・レクル〉と申します。

 以後お見知りおき願います。こちらの方こそ、〈アコーセン〉嬢にはお世話になっておりますわ」


 「〈タロ〉様も〈ロロ〉も、二人とも固いわね。もっと砕けた方が良いんじゃないの」


 「それはそうだな」


 「同じ学舎生ですしね」


 それから、僕と〈アコ〉とそれぞれの友達を紹介しあった。

 僕の方は、〈フラン〉〈アル〉〈ソラ〉〈ラト〉を紹介した。


 〈フラン〉は、何も緊張すること無く、堂々と受け答えをしていた。

 周りの女の子から「あの子可愛い」「すごい美形」と小さな声で呟きが漏れていた。

 僕の時はなかったのですが。どういうことですかね。


 その後の、〈アル〉〈ソラ〉〈ラト〉と段階的に受け答えが酷くなっていった。

 最後の〈ラト〉では、もう何を言っているのか良く分からない。


 他でも盛んに、ナンパ合戦・踊りの誘い、が繰り広げられているので、小さな声では聞き取れないんだ。

 男の子の力んだ声と、女の子の華やいだ声が、会場にバンバン飛び交っているからだ。


 〈アコ〉の方も、〈ロロ〉〈メイ〉〈ラミ〉〈ヨー〉の四人の友達を紹介してくれた。

 四人とも薄く化粧をして香水もつけているので、良い匂いを漂わせている。

 髪も朝早くからセットしたのだろう、ゴージャスな感じだ。

 指輪はしてないが、思い思いの首飾りと耳飾りをキラキラ輝かせている。


 背伸びをした、まだ少女みたいな子と、もう若い女性になっている子が、混在してる印象だ。

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