第131話 舞踏会へ進撃だ

 今日は〈アコ〉が、午前中から舞踏会の支度で忙しいため、お出かけはなしだ。

 〈クルス〉とは出かけられたのだが、僕にも準備があるはずだと言われた。

 それほど無いんだけどな。


 寮の皆は、朝早くからソワソワしていて、落ち着かない。


 〈アル〉は、朝早く、僕の部屋の扉をドンドン叩いて、頼んでも無いのに起こしてくれた。


 「〈タロ〉、いつまで寝ているんだよ。今日は舞踏会なんだよ。

 分かっているのか」


 「なっ、こんなに早く起こすなよ。まだ、眠いよ」


 「ちぇ、お前は良いよな。前から知っている許嫁と踊るだけだからな。

 お気楽だよ」


 「分かったよ。起きるから、そうカリカリするなよ」


 緊張からか、今からもうピリピリしている。ここは逆らわない方が良い。

 ストレスの捌け口にされてはたまらない。


 「あああ、どうしよう。嫌だな。とうとう、今日という日が来てしまった」


 「何を朝から騒いでいるの」


 〈フラン〉は欠伸をしながら聞いてきた。こいつは余裕だな。顔が良いからな。


 「お前は良いよな」


 「何が良いんだ」


 〈ソラ〉も話が気になったのかやってきた。


 「僕も心配になってきたよ。《赤鳩》のことばかり気になっていたけど、こっちもヤバイ気がしてきたよ」


 〈ラト〉も来て、「〈タロ〉君だけが頼りだ。頼むよ」と僕を拝んでいる。


 皆、浮足立っているな。

 フアフアして足が地についていない感じだな。


 「そんなに緊張するなら、最初、〈タロ〉の許嫁に挨拶したら良いんじゃないか。

 誘わない女の子なら話やすいし、少し話せば緊張もほぐれるんじゃないのかな」 


 〈フラン〉は、また余計なことを。

 〈アコ〉に挨拶されるのは、何だがちょっと恥ずかしいぞ。


 「なるほど。それは良いかも」


 〈ソラ〉はその気になっている。


 「そうか、良い考えだな。〈タロ〉の許嫁の近くには、友達の女の子がいるはずだ」


 「〈アル〉、それはどういう意味だい」

 〈ソラ〉は、この話に食いついてきている。


 「〈タロ〉の許嫁に、「〈タロ〉がいつもお世話になっています」「ちょっと抜けていますが、見捨てないでやって下さい」って言ったら、周りの子にも好印象を与えられるぞ。

 友達思いの良い人だ、なんてね」


 「おお、完璧な計画だ。これはいけそうだぞ」


 「ちょっと待てよ。抜けているって、どういうことだよ」


 「気にするな。少しは本当だから良いじゃないか。皆が幸せになれば、それで良しとしなよ」


 「僕の名誉はどうなんだ」


 「世の中、犠牲が全く無しとはいかないよ。切ないものなんだ」


 皆でワイワイ喋っていたら、昼前になっている。


 「舞踏会があるから、早めにお昼を食べないか」と言ったら。


 「〈タロ〉は、やっぱり気楽だな。ご飯はとてもじゃ無いが喉を通らないよ」


 と〈アル〉が言って、他のヤツらも「そうだ」「そうだ」と賛同している。


 構っていられないので、〈フラン〉と二人で食堂にいった。


 「〈タロ〉見てよ。皆、食べないんだね。ガラガラだよ」


 「本当だ。少ないね」


 一組の連中も同じみたいだ。普段の三割も人がいない。

 今日の昼食のメニューは鳥の塩焼きだ。まあまあの味だ。


 とり、とり、何か引っかかるな。とり、とり、とぶ。はねでとぶ。

 忘れてた。マズイぞ。間に合わない。


 僕は昼食を急いでかき込みながら、善後策を考える。


 「〈タロ〉、えらく急いでいるけど、どうしたの」


 「用事を思い出したんだ」


 良い善後策は見つからないけど、とりあえず学舎を出よう。「南国茶店」に行くしか無いな。

 門に行くと〈リク〉が、僕の取次ぎを頼んでいるところだった。


 「ご領主様、ちょうど良かった。頼まれていた髪飾りを届けに来ましたよ」


 「えっ、頼んでいたっけ」


 「三日前の朝稽古の時に頼まれましたよ。必要なかったのですか」


 「必要あります。大いにあります。神かけてあります」


 「ご領主様、大丈夫ですか。いつもと様子が違いますが」


 「大丈夫。大丈夫。全然大丈夫だよ。〈リク〉よくやった。ありがとう」


 「本当に大丈夫ですか。心配になりますね」


 「極めて深刻な問題は、夢のように解決したから、もう心配いらないよ」


 助かった。〈リク〉に頼んでいたのか、それはそうだな。自分で取りに行くより合理的だ。

 このことは秘密だな。本当に抜けていると思われるぞ。


 いよいよ舞踏会に始まりだ。

 僕は始まる前から、髪飾りの件でもう疲れているが、何とか気持ちを立て直そう。

 〈アコ〉に恥をかかせたくはないからな。


 いざ、舞踏会へ進撃だ。


 〈フラン〉は僕の横にいるが、後の連中は僕の後ろをゾロゾロとついて来る。

 こいつらは、僕を盾代わりにするつもりか。


 連中は、心なしか顔色も悪い。

 緊張のためか、興奮のためか、何やら「ブツブツ」と独り言を発しているヤツもいる。

 足が動かないのか、拳で叩いているヤツもいる。

 舞踏会はそんなに負荷がかかるものなのか。謎だ。


 「健武術場」の隅には、テーブルが何個かセットしてあるのが見えた。

 テーブルの上には水差しとクッキーみたいな摘まむものが置いてあるだけだ。

 椅子はなくて、立食らしい。料理は無いし、もちろん、お酒もない。

 簡素なものだ。

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