第130話 恥ずかしいから言えません

 そのまま、踊りを続けていたが、良く見ると〈クルス〉の額に汗が流れ落ちている。


 「〈クルス〉、一度休憩しようか」


 「ええ、〈タロ〉様。久ぶりなので、少し疲れました」


 僕達は隅にあるソファーに腰かけて、〈クルス〉が持ってきてくれた、お茶を飲んだ。


 「〈クルス〉のお茶は美味しいよ」


 「そう言って頂けて、良かったです」


 〈クルス〉が、お茶を飲む喉の動きが色っぽい。


 「〈クルス〉、汗が酷いな。拭いてあげようか」


 「えっ、そんなこと〈タロ〉様には、させられませんよ」


 「良いじゃないか」


 「それより〈タロ〉様は汗拭きを持っているのですか」


 「持って無いよ。〈クルス〉のを貸してよ」


 「持ってないのですか。当然のように言わないで下さい。

 手を洗った後は、いつもどうしているのですか」


 「手を振っているよ」


 「もー。服で拭いているのでは無いでしょうね」


 「そんなことは無いはずだ。たぶん」


 「たぶん、ですか。もう良いです。二枚持ってきているので貸してあげます」


 僕は〈クルス〉の貸してくれた汗拭きで、〈クルス〉の顔を拭こうとした。


 「やっ、〈タロ〉様。自分で拭けます。汗拭きを返して下さい。

 私が〈タロ〉様を拭いてあげます」


 「えー、拭きたかったのに」


 「良いんです。じっとしてて下さい」


 〈クルス〉は、僕の顔と首を丁寧に拭いてくれて、今は自分を拭いている。


 「〈クルス〉、首は自分で拭きにくいから、拭いてやろうか」


 「お断りします。〈タロ〉様は、首と胸の区別がつかない気がします」


 〈クルス〉は良く知っているな。賢いだけのことはある。


 「次は、「跳舞旋楽」の練習をしようか」


 「はい。〈タロ〉様」


 僕達は、最初大人しめに跳ねて回っていた。狭いし、久しぶりだからな。

 そのうち、〈クルス〉も慣れてきてスムーズに動けるようになった。


 そこからは、スピードと回転数をあげた。目まぐるしい足運びを〈クルス〉に要求する。

 それでも、〈クルス〉はついて来る。ステップがしなやかだ。


 〈クルス〉の顔は朗らかで踊りを楽しんでいるようだ。

 走りながら飛び跳ねるようなステップを踏んで、〈クルス〉を回し続ける。


 調子に乗って、踊りを続けていたが、〈クルス〉は苦しそうな表情になってきた。疲れたのか。


 「〈クルス〉、疲れたの」


 「すいません、〈タロ〉様。こんなに長い時間踊るのは初めてなのです」


 「そうか。ごめん。楽しくて時間を忘れていたよ」


 「私もすごく楽しかったです。ちょうど良いので、晩御飯にしませんか」


 「もうそんな時間か。もちろん良いよ」


 〈クルス〉の作ってきてくれたお弁当は、ピーマンの肉詰めだ。

 ピーマンの苦みは苦手だが、〈クルス〉のは不思議と美味しい。


 「〈クルス〉、ありがとう。野菜は好きじゃ無いんけど、〈クルス〉のは美味しいな。

 何か秘密があるのかい」


 「ふふふ、美味しいですか、良かったです。秘密は特にありませんよ。

 丁寧に作って、特別なものを込めているだけですよ」


 「特別なものってなんなの」


 「恥ずかしいから言えません」


 「えっ、料理で恥ずかしいの」


 恥ずかしいものって何だ。

 まさか、〈クルス〉から出る汁を隠し味に使っているのか。


 「そうですよ。そこは聞かないで下さい」


 〈クルス〉は、僕の部屋着を掴んで、照れたようすで、僕の方に向いてきた。

 キスをして誤魔化す気だな。その手には乗ろう。


 僕は〈クルス〉の耳を両手で覆って、〈クルス〉の顔を見詰めた。


 「はっ。いつも私の耳を押さえるのですね」


 「〈クルス〉は、こうされるのは嫌い」


 「ううん、嫌いじゃないですけど。ドキドキします」


 「そうなんだ。それじゃ、もっとするね」


 「もー、〈タロ〉様は意地悪です」


 〈クルス〉は、頬を赤くして、観念したように目を閉じた。

 〈クルス〉の唇に軽くキスをした。〈クルス〉は、じっとしたままだ。


 今度は「チュッ」と音をたててキスをした。

 〈クルス〉は、まだじっとしている。


 次は〈クルス〉の唇に軽く触れたままで待ってみた。

 〈クルス〉は、じれたのか、自分から唇を押し付けてきた。


 「〈クルス〉は、積極的だな」


 〈クルス〉は、首まで真っ赤にして、目を反らしながら言った。


 「ち、違います。〈タロ〉様が意地悪なんです」


 〈クルス〉の下唇を「チュ」と音をたてて吸ったあと、唇で挟んだり甘噛みをする。

 同時に〈クルス〉のお尻に、太ももの際から腰骨のあたりまで、指を滑らせた。


 〈クルス〉は、「あっ」「あっ」と切れ切れの声を時々漏らしている。

 〈クルス〉の上唇を同じように挟むと、〈クルス〉は僕の背中を強く抱きしめてきた。

 〈クルス〉の胸が押し付けられるのを感じる。

 この体勢では、僕の下半身を押し付けることが出来ないのが、口惜しい。


 遠くの方で鐘がなった。もう時間だな。


 「〈クルス〉、もう帰る時間だよ」


 「もうそんな時間ですか。時間が経つのは早いですね」


 「そうだな。ずいぶん早かったよ。残念だけど帰ろうか」


 「はい」


 店を出る時に〈クルス〉が、ちらりと僕の方を見たので、横から抱きしめて、キスをしておいた。期待には応える必要がある。

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