第125話 いつもイチャイチャしてる

 〈アコ〉を《白鶴》まで送り届けると、もう空は夕焼けだ。

 〈アコ〉の栗色の毛は、夕日の中、綿毛のようにふぁふぁと、金色に染まっていた。


 毎日のことだが、〈リク〉が稽古にくる。朝から、精が出るな。

 稽古は、最近、より気合が入るようになってきた。やめてくれ。

 〈リク〉は〈カリナ〉と連れ立って、学舎町に来ているからだ。

 同伴出勤で精を出しているんだろう。いやらしい。


 〈リーツア〉さんが「南国果物店」に入ったので、〈カリナ〉が押し出されて、「南国茶店」の担当になったようだ。

 姑と一緒にいるのは嫌なので、〈カリナ〉が仕組んだことかも知れないな。


 僕は、稽古が少しでも短くなるように、


 「〈リク〉、〈カリナ〉が開店準備で大変そうだから、手伝ってやってくれないか」

 と思ってもないことを言う。


 「ご領主様、分かりました」


 〈リク〉は、本来関係の無い業務なのに、直ぐに「南国茶店」へ歩いていった。

 見る見る、駆け足になっていく。分かりやすい男だ。


 「武体術」の授業は、対抗戦に向けて、打ち込みの鍛錬が続いている。

 〈アル〉は、結構形になってきているな。

 〈フラン〉も彼なりに頑張っている。顔が可愛すぎて、お遊戯にしか見えないのが気の毒だ。


 何故か僕に、打ち込みの相手を希望するヤツがやけに多い。

 誤って身体に打ち込まないから、痛くないのが原因らしい。

 あちこちで、「痛い」「気を付けろよ」「わざとじゃ無いのか」と罵声が飛んでいる。


 あと、僕にアドバイスを求めてくるヤツも多い。

 しょうがないから、「踏み込みが甘い」「体の軸がぶれている」「左足の位置が悪い」とか、適当に答えている。

 達人じゃ無い限り、これらが完璧に出来ているはずは無いから、嘘ではない。

 あとあと、武術が必要になるヤツはいないから、まあ、何でも良いだろう。


 「楽奏科」の授業は、〈ヨヨ〉先生を、他の学舎生と取り合うようになってしまった。

 今では、〈ヨヨ〉先生が僕に割いてくれる時間は、少ししか無い。

 リュートの指の運びを、少しだけ、先生が手で触って教えてくれるだけだ。

 〈ヨヨ〉先生の、肉感的で豊満なムニョムニョした肉体や、真直ぐな胸の谷間を見れる時間が、少ないということだ。非常に悲しい。


 寮の廊下で、〈アル〉と〈フラン〉の三人で話していると、同じ組の騎士爵の子が話しかけてきた。


 「〈タロ〉君、頼みがあるのだけど良いかい」


 「なんだい」


 「君は《赤鳩》に許嫁がいるのだろう。《赤鳩》の新入生歓迎舞踏会に行くのかい」


 「そうだけど。よく、僕に《赤鳩》の許嫁がいると知っているな」


 「だって、黒髪の《赤鳩》の子と、いつも親しそうに歩いているんじゃないか」


 「そんなに親しく見えるの」


 「良く言うな。いつも、肩とか、腕が引っついているよ」


 「そうかな。そんな引っついていた。意識して無かったよ」


 「それで、《赤鳩》の新入生歓迎舞踏会に一緒に行かないか。

 僕も従妹に頼まれて行かなくちゃならないんだ。でも、一人で行くのはアレだろ」


 「そうだな。アレだよな。よし、一緒に行こう。二人で乗り込む方が、少しはましだろう」


 「そうだろう。ありがとう。助かるよ」


 そこへ、もう一人、同じ組の騎士爵の子が話しかけてきた。

 大人しい子で、いつも一人で過ごしている感じの子だ。


 「皆、お願いがあるんだ」


 「〈ラト〉なんだ」〈アル〉が返事をした。


 「新入生歓迎舞踏会の時に、踊ってくれる人を紹介して欲しいんだ。

 女の子を踊りに誘うなんて、僕にはとてもじゃ無いが出来ないんだよ。お願いだよ」


 「そうか。気持ちは分かるよ。

 でもな、俺も同じだよ。とても、お前の分まで面倒はみられないな」


 〈アル〉は何を言ってやがる。お前も恥をかけという感じだ。


 「僕も〈アル〉と同じだな。自分のことだけで精一杯だよ」

 《赤鳩》の従妹の子も、同じ意見だ。


 「僕も、難しいな。誘った女の子に、次はこの男の子と踊ってとは言えないよ。

 何か、その女の子を軽んじている感じに、なるんじゃないかな。

 使い回されている感が出ちゃうよ。

 正々堂々と顔を見て頼めば、絶対断られないよ」


 〈フラン〉も、自分で何とかしろと言う意見だ。

 ただ、〈フラン〉の可愛い顔と〈ラト〉の辛気臭い顔を、同列にするのは気の毒だな。


 「そんなことを言わずに、お願いします」


 〈ラト〉は〈フラン〉の顔をチラッと見てから、もう一度頼んできた。

 〈フラン〉の言うことは、一ミリも信憑性が無いからな。


 「そうだ。〈タロ〉は《白鶴》にも許嫁がいるだろう」


 〈アル〉がいらないことを言う。


 「おっ、良く知っているな」


 「またまた、良く言うよ。いつもイチャイチャしてるじゃないか」


 「えっ、そんな風に見えている」


 「見えているんじゃなくて、見ているの」


 「じゃ、〈タロ〉の許嫁に頼んだら良いじゃないの」


 〈フラン〉も、同調してくる。面白く無いから、もう、この話を切り上げたいのだろう。


 「〈タロ〉君、どうかお願いします」


 〈ラト〉は深々と頭を下げてきた。必死になっている。


 「分かったから、頭をあげろよ。

 ただ、頼んでみて嫌だと言われたら、無理だからな。その時は自分で何とかしろよ」


 「〈タロ〉君、助かったよ。ありがとう」


 〈ラト〉は嬉しそうに歩いて行った。下手なスキップまでしているぞ。


 僕は気が重い。〈アコ〉にどう話そう。機嫌を損ねそうな気が、ビシバシするぞ。

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