第114話 太くて派手

 「伯爵様、前から凛々しいとは思っていましたが、《紅王鳥》の羽をお持ちとは、本当にすごいですね。

  さすが、私の救世主様です。尊敬します。ところで、その残った箱は」


 「これは、もう一人の許嫁用だよ」


 〈ベート〉の口から「チッ」っていう舌打ちが聞こえたような気がした。

 いや、ハッキリ聞こえた。この女案外怖えな。


 「そうですかー。この髪飾りは信じられないほど豪華です。

 このままでは、ドレスが負けてしまいます。

 お嬢様方、この髪飾りに会わせてドレスを調整しますよ」


 〈アコ〉と〈クルス〉が元気よく「ハーイ」と返事をした。

 ああ、また時間がかかるな。


 「〈タロ〉様、このドレスを豪華にするのは、レースを付けるか、リボンを付けるかなんですが、どちらが良いと思います」


 レースもリボンも、邪魔なんだな。胸やお尻を触り難くなるから、却下しよう。

 着物みたいに、合わせ目から手が差し込めたら良いけど、残念だな。

 雰囲気だけでも取り入れてみるか。


 「そうだな。腰のベルトを太くて派手なものにしたら良いじゃないのか」


 「太くて派手なベルトですか」


 「そうだよ。気分によっても変えられるよ」


 「おー。伯爵様、それはどこでお聞きになりました」

 〈ベート〉が、〈アコ〉と〈クルス〉との会話に割り込んできた。


 「うーん、昔の世界だよ」


 「昔の世界ってどこです」


 「うーん、夢みたいなもんだよ」


 「伯爵様の夢ですか」


 「まあ、そうだ」


 「伯爵様、そのベルトの案でいきましょう。その太くて派手なベルト頂きです」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、太くて派手なベルトの生地を選んで、やっと終わった。


 僕の燕尾服の色については、忘れ去られていた。

 もう皆の意識から飛んでいってしまったようだ。少し寂しい。

 〈ベート〉に「黒で頼む」と言ったら「はー」と言われた。大丈夫かな。


 前に頼んであった「ゆるゆるの部屋着」を受け取って、〈南国果物店〉に帰ることにする。

 〈ベート〉は、「おありがとうございます」 と深々と頭を下げてお辞儀をしてきた。

 あれ、「ゆるゆるの部屋着」は安かったのにな。心を入れ替えたのか。


 店に帰れると思ったが、二人とも靴がまだだと言い出した。あー。


 でも良かった。靴屋は〈南国果物店〉のお隣さんだ。

 さらに良いことに、靴の種類があまりない。

 学舎生に相応しい靴も決まっているらしい。

 男子は紐のシンプルな革靴で、女子はローファーみたいなヤツだ。

 色は、黒、茶の二色の選択肢しかないのも有難い。


 僕は直ぐに黒で決まりだが、〈アコ〉と〈クルス〉は迷って結局黒色だ。

 迷っても二種類だけだと早いな。


 三人とも靴の大きさを採寸して、使う革の種類を決めたら、もう終了だ。

 スムーズに進んで嬉しいから、革はカーフスキンの高級品にしておいた。

 良い物じゃないと、文字通り、足元を見られるからな。


 〈リク〉も、帰っていて、〈リーツア〉さんの引っ越し荷物は屋敷の中にすでに運び込まれている。

 〈リーツア〉さんは一人暮らしだったからか、荷物は少ないみたいだ。

 質素な生活だったのだろう。


 昼食は、〈リク〉が買ってきてくれた「鱈腹町」の肉まんじゅうだ。

 「鱈腹町」のお土産といったら、この肉まんじゅうが筆頭にあげられるらしい。

 大ぶりの肉まんじゅうで、二個食べられるか心配なほどの大きさだ。


 皮はあまり甘くなく、具は、味付けの挽肉みたいのと、甘辛いチャーシューみたいのと、刻んだ野菜がたっぷり入っている。

 少し冷めて食べやすくなっているが、ほかほかのジューシー肉まんじゅうだ。


 最初皮は、サクッとしているけど、直ぐにもちもちした触感に変わる。

 皮だけでも十分旨い。毎日の主食でも良いぐらいだ。


 なおも食らいつくと、肉まんじゅうの中から、イグアスの滝のように汁が溢れて出て来る。

 粗挽き肉と野菜の旨味が溶け出した濃厚な汁だ。でも、それほど脂っこくは無い。

 甘辛いチャーシューは、甘すぎず、辛すぎず、絶妙なハーモニーを紡いでいる。

 見事なアクセントだ。肉まんじゅうの旨さを無限に引き出してくる。


 この肉まんじゅうでは、脇役だけど、野菜も旨味を吸って立派に美味しくなっている。

 この組合せを考えた人は、千年に一度の天才に違いない。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、二個食べようとしたが、食べられなくて、僕に半分押し付けてきた。


 「私が太ったら嫌でしょう。〈タロ〉様、半分食べて下さい」


 「〈タロ〉様、私も頑張りましたがもう無理です。半分お願いしても良いですか」


 おかげで、三個食べた僕はお腹がパンパンだ。かなり苦しいぞ。


 「申し訳ないですが、髪飾りは、〈タロ〉様が預かっておいてくれませんか。

 《紅王鳥》の羽なんて、怖くて寮の部屋に置けませんわ」


 「私もお願いします。貴重な物が無くなったら大変です。大部屋では危ないです」


 確かに、寮で保管は無理だな。

 取りに来るのが手間だけど、屋敷の部屋に置いておこう。


 「分かったよ。僕が預かっておくよ。ドレスと装飾品はどうするの」


 「ドレスは持ち帰りますけど、装飾品はお願いしますわ」


 「私も同じです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る