第113話 《紅王鳥》の羽の髪飾り

 気になって〈クルス〉を横目で確認しても、機嫌が良さそうにしている。

 今の会話は絶対聞こえていたはずだが、羨ましいとか、妬ましいという感情はない感じだ。


 鏡に映った、形見のドレスを着ている自分を一生懸命見ている。

 口元が少し上がって笑っているように見える。


 〈クルス〉は、新しいドレスはいらないらしい。

 〈アコ〉は、嬉しいとは言ったが、それほどはしゃいでいるようには見えない。

 少しわだかまりがあるようだ。


 それでも、ドレスを作る生地を食い入るように選んでいる。

 顔が真剣だ。今は構わないようにしよう。


 ついでなので、僕も舞踏会用の燕尾服を発注することにした。

 どこで作っても同じだろう。


 生地は黒色で上質な高級品にしておいた。

 《黒鷲》だから黒色だ。我ながら単純だな。それと、安いと怒られるから高級品だ。

 デザインは、無難な、何処でもあるオーソドックスなものを頼んだ。

 目立ちたいとは思って無いからな。人生何事も平凡が一番だ。


 もう決まったと思ったら〈アコ〉から、

 「ドレスの色で〈タロ〉様の燕尾服の色は変わりますので、少し待ってて下さいね」

 と「待て」のコールがかかった。


 まるで、お預けをくらった犬のようだ。少し悲しいぞ。

 舞踏会は、女性が主役なんだろう、仕方が無い。

 後は「少し」が真実であることを祈ろう。


 祈っていたら、思い出した。

 そうだ、髪飾りを取りに行かなくちゃ。すっかり忘れていた。


 〈細密宝貴石細工店〉に行くと、店主のおじいさんが嬉しそうに店の奥から出てきた。


 「《ラング》伯爵様、ようやく起こし下さいましたか。ずっと待っていましたよ。

 《紅王鳥》の羽の髪飾りはとうに出来上がっております。

 貴重な物を預かっていましたので、気が気で無かったです」


 店主は心底ほっとしたような顔だ。


 「ごめんなさい。悪かった。色々忙しくて来られなかったんだ」


 店で用意してくれた箱を三つ抱えて、また、〈華咲服店〉にとって返す。

 代金は支払い済だ。


 〈華咲服店〉に入ると、〈アコ〉は生地を選び終わって、デザインを相談している最中だ。

 〈クルス〉は、飽きずにまだ鏡に映ったドレス姿を見ている。


 「二人にもう一つ渡す物があったんだ」

 と言いながら、箱から髪飾りを取り出した。


 〈ベート〉が、髪飾りの羽を不思議そうに見ながら聞いてきた。


 「わっ、何ですか、その美しい紅色の羽は。見たことがないですね」


 「《紅王鳥》の羽だよ」


 「えっ、〈タロ〉様。あの時にですか」

 と〈アコ〉は怖いものを見るように髪飾りを凝視している。


 〈クルス〉は、「〈タロ〉様」って言ったきり、もう半分泣き出している。


 「えっ、うっ、うっ、嘘でしょう。伯爵様冗談ですよね」


 「残念ながら本物なんだよ。二人とも一度付けて見せてよ」


 せっかく作ったのだから、嫌がっても付けさすぞ。

 怖がっている〈アコ〉と泣いている〈クルス〉に無理やり、髪飾りを渡した。


 「〈クルス〉、どうして泣いているんだ。美しさに感動したの」


 「〈タロ〉様が、私のために霊薬を取りに行かれたのを思い出したのです。

 そんなの我慢できません」


 「そういうものなのか。落ち着いたら付けてくれよ」


 「はい」

 〈クルス〉は、鼻をぐしゅぐしゅ鳴らしている。


 「〈アコ〉も付けるよな」


 「〈タロ〉様、《紅王鳥》ですよね。何だか怖いですわ。炎が出ません」


 「心配しなくても出ないよ。熱くも無いよ。綺麗な紅色が〈アコ〉に似合うよ」


 〈アコ〉は恐る恐る髪飾りを付けようとしたが、ハッと気が付いたように言ってきた。


 「自分の頭は見えないので、〈タロ〉様が付けて下さいませんか」


 「そうか。分かったよ」


 〈アコ〉の栗色のふあふあした髪の毛に、留め具で髪飾りを付けた。

 〈アコ〉の緩くウェーブがかかった髪が、僕の腕に絡まったので、優しく髪を外した時、〈アコ〉の匂いがした。


 「〈アコ〉の栗色の髪に良く似合っているよ。すごく豪華に見えるぞ」


 「ありがとうございます。そうなのですか。見てみますね」

 と鏡の前に行って「まあ」と言いながら、頭の角度を変えながら見ている。


 「〈タロ〉様、私も付けて欲しいです」

 と〈クルス〉も言ってきた。目は赤いがもう泣き止んでいる。


 〈クルス〉のストレートの黒髪に髪飾りを付けた。

 付ける時の匂いを嗅ぐと、やっぱり〈クルス〉の匂いがした。

 一本だけ張り付いた髪は、身体を離した時に〈クルス〉元へ帰っていった。


 「〈クルス〉の黒髪と紅色の対比がすごく綺麗だよ。良く似合っているよ。

 すごく豪華に見えるぞ」


 「ありがとうございます。私も見てみます」


 〈クルス〉も鏡の前に行って、今は微笑んで見ているようだ。


 〈アコ〉も少し場所を譲って仲良く見ている。

 お互いを褒め合っているようだ。キャッキャッと嬉しそうだ。


 〈ベート〉は、二人の髪飾りを口を開けっ放して茫然と見ている。


 〈アコ〉は怖がるし、〈クルス〉は泣くし、最初はどうしたら良いんだと思ったけど、「《紅王鳥》の羽の髪飾り」を付けた二人は本当に綺麗だ。

 これで良かったんだろう。

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