第112話 二人とも大変お美しい

 「母さん、ちょっと不格好だけど、これを支えにしたら動けるはずだ」


 「お母様、私達と一緒に働いて、教えて下さい。お願いします」


 「〈カリナ〉ちゃんありがとう。親思いの優しい娘を持てそうで楽しみだよ」


 「は、はい。ありがとうございます。あのう、お母様、〈リク〉さんは」


 「〈リク〉がハッキリしないから、〈カリナ〉ちゃんが私のことを怖がったりするんだよ。

 代わりに謝っておきます。〈リク〉が優柔不断で、ごめんね〈カリナ〉ちゃん。

 これで、〈リク〉とは貸し借りなしだよ」


 〈リク〉は真っ赤になって、口を一文字に閉じている。

 怒っているのか、照れているのか。

 ハッキリしているのは、母親の方が、一枚も二枚も上だということだ。


 〈リーツア〉さんと〈カリナ〉は抱き合って泣いている。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、貰い泣きをしている。


 泣くようなことがあったんだろうか。不思議だ。


 〈リーツア〉さんに学舎町に今度新しい店を開くと言ったら、

 「ご領主様、この店の状態で新しい店を出す予定をしていらしたのですか。ご正気ですか」

 とあきれていた。


 そう言われたら、そうかも知れないな。


 「ところで、どちらが美味しいかという話が、どこかに飛んでしまっているけど、どうする」


 「ご領主様、果物と鍋料理では比べようがありません。

 同じ食べ物と言っても、全く違うものです。

 お二人の許嫁様のうち、どちらがよりお美しいとは答えられないでしょう」


 〈アコ〉と〈クルス〉が聞き耳を立てている感じなので、迂闊なことは言えない。

 嫌なことを聞くな、この人は。

 強引に決めたことへの意趣返しか。


 「ごほん、それは当然二人とも大変お美しいだ」


 「そうですね。お、美しいですか。ウフフフフ」


 〈リーツア〉さんの笑いに釣られて、皆も笑い出した。

 〈リク〉も微笑んでいるし、〈カリナ〉はわざとらしく大笑いしている。

 〈アコ〉と〈クルス〉も噴き出している。


 なんだ、コイツらは。実に不愉快だ。僕も笑われるのは嫌だ。


 〈リク〉は早速〈リーツア〉さんの借室に荷物を取りに行った。

 〈リーツア〉さんの気が変わらいないうちにということだろう。


 一つ屋根の下で暮らせば、目が届くし安心なんだろう。〈カリナ〉はどうか知らないけど。


 〈リーツア〉さんは、さっき食べ残した、蜜柑とイモを「美味しい」と言いながら食べている。

 「売る物の味を知らないで、どうしてお客様に勧められるのでしょうか」

 と言いながらパクパク食べている。


 やっぱり、接客中毒だ。接客のために、食欲が戻ってきている。


 この前まで、部屋に閉じこもって「自分はもう価値が無い人間だ」「ただ飯食らいの厄介者だ」「もう死にたい」とばかり言っていた、やつれた人と同一人物とは思えないな。


 強引にでも、太陽の下に出て来さしたのが良かったと思う。太陽は偉大だ。

「お母さんの身体の中に太陽の光が溢れて、お母さんを治してくれるよ」と言った妹は今どうしているんだろう。


 母親の形見の服の寸法を直してもらうために、〈華咲服店〉にまた向かう。

 護衛の〈リク〉がいないので、近場で済ますことにした。


 店主の〈ベート〉は、今日は黄金色のバレッタで、前とは微妙に違った結い方の髪を止めていた。

 服は薄桃色のワンピースで、丈は膝丈と大人しい。


 ただ、ワンピースが毛糸で出来ていて、身体のラインを妖しく浮き出している。

 この世界では、見たことが無いほど身体に張り付いた服だ。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、僕の前面に立って、見せないようにしている。

 まあ、身長の関係で見えてしまうけど。

 〈ベート〉は、何をしたいんだろう。

 単に自分の趣味なのかな。困ったもんだ。


 二人が服を着替えるので、僕は、直ぐに店の外へ追い出された。


 〈アコ〉と〈クルス〉の二人で来たら良いよう思うけど、僕には護衛の役目と、二人のドレス姿を確認する大切な役目があるらしい。


 中々服の着替えが終わらないので、痺れを切らして扉を開けてみた。


 〈クルス〉の着替えは終わっていたけど、〈アコ〉がスリップ姿のまま下を向いて立っていた。

 いつもなら「もう、〈タロ〉様は」と言って直ぐに扉を閉めるはずが、今は立っているだけだ。


 〈ベート〉が「もう少し待って下さいね」と言って扉を閉めた。

 しばらくして、お呼びがかかったので、店の中へ入ると。


 〈クルス〉は、少し大きさを詰めるようで、ドレスに待ち針をつけられている。

 〈クルス〉は細身だからな。


 〈アコ〉は元の服に戻って、涙目になって突っ立っている。


 「〈タロ〉様、頂いたドレスが、お母様の形見のドレスが入りません」


 そうか、〈アコ〉はグラマーだから服が小さ過ぎたのか。


 「〈アコ〉ごめん。小さ過ぎて、胸とお尻が合わないのか」


 「違います。お尻は入ります。ただ、胸がどうしても。せっかくのドレスがごめんなさい」


 「〈アコ〉の胸の大きさを考えなかった僕が悪いんだよ。

 下の部分を切ってスカートにでも使ってよ」


 「そんな、お母様の形見を半分に切るなんて出来ませんわ」


 「そうか。まあ、それは置いといて。新しいドレスを買ってあげるよ。それで機嫌を直せよ」


 「〈タロ〉様、本当に買って下さいますの。嬉しいですわ」

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