第111話 接客中毒

 〈リーツア〉さんは、蜜柑と石焼イモの匂いを嗅いで、蜜柑の一房と石焼イモを少し、口の中へ入れた。


 「両方とも、とても美味しいです。南国の珍しい果物はそれだけで価値があります。

 おイモもジャガイモと違って、大変甘いです。まるでお菓子のようです。でもこれは…… 」


 〈リーツア〉さんは、味の感想を途中で止めてしまった。

 美味しさ勝負に対する興味を無くしたように見える。


 それより、〈テラーア〉の接客対応が気になるようだ。店の方ばかり見ている。


 「〈リーツア〉さん、店の接客が気になるようですね」


 「えっ、そんなことは無いですよ。お客様の顔なんか見ていませんよ」


 「そうかな。あなたは、接客中毒だ」


 「えっ、中毒。それは何のことです」


 「あなたは、長年接客に生きがいを感じ、お客様の笑顔を見ることの中毒になってしまったんだ」


 「変なことを言わないで下さい。そんな話は聞いたこともありません」


 「そうかな。あなたはこの美味しさ勝負に来ながら、接客ばかり気にしている。

 さっきも自分で「お客様の顔なんか見ていません」と言いましたね。

 誰もそんなことは聞いていませんよ」


 「せっかく来ていただいたお客様なんですから、笑顔で帰って頂くのは当たり前ではありませんか。店をやっている者の常識です」


 「それが中毒なんですよ。自分の店でも無いのに気になるのが、中毒の所以です」


 「うぅ、自分の勤めている店では無いですが、接客があまりにもだったから、しょうがないじゃありませんか。気にするなというのが無理です。ご領主様は気になりませんか」


 「僕は気になりませんよ。一応経営者ですから、何でも儲かれば良いと思っていますけど」


 「お言葉を返すようですが、今は珍しいからお客様は来られますが、接客が適切でないとお店は長くは続きません。私は何十年とそういうお店を見てきました。

 お客様は料理や品物もですが、満足することにお金を支払うのです。

 接客も満足の要素に入っています」


 〈リーツア〉さんは、接客に誇りを持っているからか、熱く語るな。

 もう殆ど怒っている感じだ。


 〈カリナ〉は、半分気絶状態で、〈リク〉に寄りかかっている。

 〈リク〉も気がかりそうな目をしている。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕が悪役的になっているので、僕の言い過ぎを咎めようか、それでも僕の側に立とうか、あわあわと口だけを動かしている。

 いつもの感じと僕が違うので、どうしたら良いのか判断しかねているようだ。


 「それでは経営者としてお聞きしますが、この店を長く続けるにはどうすれば良いのですか」


 「それは…… 。そうですね。

 しっかりと接客が出来て、教育も出来る人がいれば良いのではないですか」


 「それでは、〈リーツア〉さんが、この店で働いて下さい」


 「〈リク〉と〈カリナ〉ちゃんのためだったら、私は何でもしますが、足が動きません。

 私ではお役に立てません」


 「この店は、〈腹鍋屋〉と違って、客も少ないし、店の大きさも全然違う。

 その足でも問題無く接客出来ます。

 〈リーツア〉さんほどの人なら、もう分かっているはずです。

 自分ならどう接客するか、頭の中で考えていましたよね。

 足を悪くして、前のように華麗に接客出来無いから、自分がかっこ悪いから嫌なんでしょう」


 「違います。大衆向けの料理屋で華麗なんて無いですよ。

 自分がかっこ悪いなんて、思ってもないです。ただ…… 」


 「ただ、何ですか」


 「前のように動けなくて、役立たずと笑われるのが怖いのです」


 「ここにいる誰も、あなたが役立たずとは、思っていない。笑うどころじゃないです。

 〈カリナ〉なんか、怖くてあそこで泡を吹いていますよ」


 「〈カリナ〉ちゃんが、なぜ私を怖がるのでしょう」


 「それは、あなたとの接客技術の差が大きすぎて、畏怖しているんですよ。

 怒られると思って、怖がっているんですよ」


 「私に畏怖ですか。私は怖くなんかしませんよ。

 店の従業員を怖がらせたら、接客態度に直ぐ出ます。

 接客には適度な緊張感が必要ですが、朗らかな気持ちが一番大切です」


 「そう言うことなら決まりですね。あまりごちゃごちゃ言ってても仕方が無い。

 皆の朗らかな気持ちのために、〈リーツア〉さんが犠牲になって、この店で働いてもらいましょう。

 〈リーツア〉さん、あなたに命令します。

 あなたは、ここに引っ越してきて、この店で働いてもらいます。

 僕は伯爵で、〈リク〉と〈カリナ〉の雇用主です。

 よもや、断ったりはしないですよね」


 「承知するしかないです。《ラング》伯爵様のご命令には逆らえません」


 「それは、良かった。

 それと、足を悪くしたあなたに、〈リク〉と〈カリナ〉から渡すものがあるそうです」


 〈リク〉と〈カリナ〉が、屋敷の方から歩行器を運んできた。

 〈カリナ〉はまだフラフラしているから、主に〈リク〉が押している。


 歩行器は僕のアイデアで、〈リク〉が作って〈カリナ〉が色を塗ったものだ。

 病院で見た歩行器が発想の元だが、それを〈リク〉が板と木の車輪で工夫を重ねて形にしたものだ。

 それに〈カリナ〉が、蜜柑をモチーフにした明るい構図を描いている。

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