第110話 母親の形見

 〈リク〉が、母親を迎えに行っている間に、〈アコ〉と〈クルス〉に、僕の母親が残してくれたドレスを渡すことにした。


 二人が、このドレスをどう思うか分からないが、母親の意思を無下にするほど、薄情では無い。


 〈南国果物店〉の僕の部屋に、二人に来て貰って同時に渡すことにした。

 一人づつ渡すことも考えたが、一緒の方が、後々問題が生じないと思ったからだ。

 渡した物が、ほぼ同じものと分かってもらうためだ。


 〈アコ〉には、水色を基調にしたドレスと、水色の宝石を使った装身具を渡した。

 装身具は、指輪と首飾りと耳飾りがセットになっている。


 〈クルス〉には、赤色を基調にしたドレスと、赤色の宝石の装身具のセットを渡した。


 〈アコ〉が水色で、〈クルス〉には赤色を渡したのは、何か大きな意味があるわけじゃない。

 しいて言えば、僕が思う二人の印象とは、違うものを渡した感じだ。

 また違った、二人の新しい面を見たいと思ったんだ。


 「〈タロ〉様、こんな大事な物は頂けませんわ。お母様の形見ですよね」


 「〈タロ〉様、私も受け取れません。大事なお母様の思い出では無いのですか」


 「形見は、形見なんだけど、〈アコ〉と〈クルス〉への形見なんだ」


 「えっ、どういう意味ですか。良く分かりませんわ」


 「〈タロ〉様のお母様が、私達に形見を残すはずありませんよ」


 「どう言ったら良いのかな。まあ、この手紙を読んでくれよ」


 二人は、僕の母親の手紙を交互に読み始めた。

 読み終えると、二人とも涙ぐんで、鼻をスンスン鳴らしている。


 壊れものを扱うように慎重に、手紙を僕に返して、


 「お母様のお気持ちを思うと切なくなります。〈タロ〉様、ありがとうございます。

 このお母様の服は、大事に使わさせて頂きます」


 「お母様は、さぞやご無念だったでしょう。このお母様の服は、特別なものです。

 頂けるのは、大変光栄です。ありがとうございます」


 二人とも感激してくれたようだ。

 形見のドレスを胸に抱いて、決意を新たにしたような眼差しになっている。

 何を決意したんだろう。


 〈リク〉の母親の〈リーツア〉さんが、到着したので下に降りていく。

 名前は遅ればせながら、さっき〈リク〉に聞いた。


 〈リーツア〉さんは、この間よりかは、少し生気があるように思う。

 通りを興味深げにキョロキョロと見ている。

 以前この辺りに住んでいたらしいので、懐かしさもあるのだろう。

 自分の心の外にも意識が向いてきている感じだ。


 〈南国果物店〉の看板やカウンターに目をやっている。

 売り物の蜜柑やイモも、少し細めた目で見ている。


 ちょうどその時、店に女性のお客さんが、蜜柑を買いにきてくれた。


 〈テラーア〉が接客をするが、可哀そうに今日は、ギャラリーが凄く多い。

 関係者が、一斉に〈テラーア〉の接客ぶりを審査するような感じだ。

 おまけに、店主の〈カリナ〉も、朝から落ち着かないし、カリカリ機嫌が悪いから影響されているようだ。


 いつもなら、大部ましなんだろうが、消え入りそうな声で話すし、質問に頓珍漢な返答はするし、蜜柑の皮の汁を客に飛ばすわと、とうとう客を怒らせてしまった。

 これで、店は客を一人確実に減らしたことになる。評判を考えると二人以上かも知れないな。


 〈リーツア〉さんは、これを見ていて、「大きく」とか「あっ」とか、小さな声で呟いていた。  

 〈テラーア〉の接客があまり酷いので思わず声に出たのだろう。


 〈カリナ〉は、どうしてかブルブルと細かく震え出し始めた。

 一般的には、従業員の教育は店主の仕事ということを思い出したんだろう。


 心配した〈リク〉が、〈カリナ〉の肩に手を置いて落ち着かせようとしている。

 ただ、この場合〈リク〉と〈カリナ〉が、イチャつくのはどうなのかな。


 〈カリナ〉は、嬉しいけど有難くないという、二つの感情を表す変な顔になっている。

 我慢出来ない。噴き出しそうだ。

 慌てて、手で口を隠すと〈カリナ〉が怖い目で僕を見ていた。ちゃんと笑いは堪えたのに。


 〈リーツア〉さんには、急遽セットした店が見える小さなテーブルに座ってもらった。

 南国の果物だ。やはり、太陽の下が相応しい。それと、店の様子も見てもらう目的もある。


 〈カリナ〉が、「もう勘弁して下さい」と口を動かした気もしたが、聞こえないものは無視だ。


 〈カリナ〉が、カチカチ食器を鳴らして、〈リーツア〉さんに蜜柑と石焼イモを給仕した。

 〈リーツア〉さんは、また来たお客さんの様子が気になるのか、カチカチ鳴る食器には気づいていないようだ。


 〈リーツア〉さんは、〈テラーア〉の接客対応に、また「だめ」とか「しっかり」とか、小さな声で呟いている。


 〈カリナ〉は、自分に言われたのだと思い、涙ぐんでこの世の終わりみたいな顔をしている。

 もっと心配した〈リク〉は、〈カリナ〉が倒れないように後ろから支えている。


 僕も支えてお尻の感触を得ようと、〈アコ〉と〈クルス〉の方を見ると、二人は固唾を呑んで、この嫁VS姑ドラマを見ているようだ。


 後ろに倒れるどころか、身を乗り出している。

 支えるなら前からだが、ドラマが見えないと怒号を浴びせかけられそうだな。

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