第109話 〈カリナ〉ちゃんの店に行ってハッキリします

 「お母さんが、勤められていた店で鍋を食べてきました。美味しいですね」


 「ご領主様もそう思われますか」


 母親は、店を褒められて少し反応した。生きがいだった店だからな。


 「ええ、内臓肉も美味しいですが、あそこは野菜が絶品ですね」


 母親は、僕がこう言うのが意外だったようだ。


 「えっ、ご領主様は野菜の方が美味しいと」


 「そりゃそうでしょう。食べれば一遍に分かります」


 「まだ、お若いのに。

 若い人はどうしても肉が良いと言いますが、あそこの本当の売りは野菜なんです。

 内臓肉も出来るだけ良い物を仕入れていますが、野菜は昔から本当に良いものしか使っていません。

 先々代から野菜だけは拘り抜いています。妥協はしていません」


 「お店の矜持。曲げられない誇りなんですね」


 「そうです。誇りです。お客様の美味しいという笑顔があの店の誇りです」


 「そうなんでしょう。お客様の笑顔が誇りと言うのは本当ですね。

 〈カリナ〉にやって貰っている店があるんですが。

 そこで売っている蜜柑とイモが絶品でしてね。

 「腹鍋屋」の鍋に負けてないんですよ。お客様の笑顔が絶えないんですよ」


 母親は、少しムッとしたようだ。

 自分の誇りが少し傷ついたし、息子を奪った〈カリナ〉も噛んでいるからな。


 「ご領主様、お言葉を返すようですが、あの店の味に敵うものは滅多にありません」


 「そうでしょう。

 でも、〈カリナ〉の店の蜜柑とイモは滅多にない物の一つですよ。

 ひょっとしたら超えているかも知れませんね」


 母親は、少しでは無く、本当に怒ってきたようだ。


 「何を言うのですか。そんなことはありません。あの店の味は何処にも負けません」


 「でも、お母さんは、〈カリナ〉の店の蜜柑とイモを食べたことは無いですよね。

 僕は、両方食べています。片方しか食べて無い人にいくら言われても、それはね」


 「それでしたら、〈カリナ〉ちゃんの店に行って、蜜柑とイモを食べますよ。

 そしたら、ハッキリします。たとえ、ご領主様でも変なことは言わせません」


 これで、母親の言質を取れた。可愛い一人息子の雇い主との約束だ。必ず店に来るだろう。

 貴族と交わした約束を平民が破ることも、通常考えられない。


 しかし、母親は凄い剣幕で怒っていたな。少しやり過ぎたか。

 まあ、根拠は無いが、大丈夫だろう。


 〈リク〉は「〈カリナ〉にどう話そう」と、珍しく口に出して悩んでいる。

 悩みが、より深くなったのかも知れないな。


 口に出したのは、〈カリナ〉には僕から説明して欲しいからだと思う。

 でも、知らないよ。〈カリナ〉は僕の婚約者じゃ無いからな。


 今日は、〈リク〉の母親が、〈南国果物店〉にくる日だ。

 〈リク〉と〈アコ〉と〈クルス〉と、四人で学舎町から、店へ向かう。


 〈リク〉は、数日前から恨みがましそうな目で、ずっと僕を見ている。

 〈カリナ〉との間で、何かあったのだろう。


 でも、いい大人なんだから、自分達で解決しろよ。

 強引にやっちゃったら、口喧嘩くらい有耶無耶になるんじゃないの。

 まあ、この方法も絶対ではないからな。好き同士なら、五割くらいの確率で成功すると思う。

 失敗しても、知らんけど。


 まあ、本当にこう言うわけにもいかないから、〈リク〉には、〈カリナ〉と協力して、〈リク〉の母親が気軽に部屋から出られるものをあげたらいいと思うと、助言してある。

 〈リク〉は半信半疑だけど、一縷の望みをかけて〈カリナ〉と相談していたようだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕と〈リク〉の間の空気がいつもと違うから、少しだけ緊張しているようだ。

 〈リク〉の母親が店に来る経緯を、〈カリナ〉と〈リク〉の母親の対決だと言ったからだと思う。

 何か恐ろしいことが、起こるんじゃないかと、思っているのかも知れない。


 〈カリナ〉のことを初めは警戒していたが、〈リク〉にぞっこんなのが分かってからは、二人とも仲良くしている。

 〈カリナ〉と〈リク〉の仲が、上手くいくことを、二人は純粋に願っていると思う。

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈カリナ〉は、一人息子に嫁ぐということでは、共通している。

 自分たちに重ねわせる部分もあるのだろう。


 〈カリナ〉も、僕を恨みがましい目で見て、僕に声をかけてきた。


 「ご領主様、お母様を煽って頂いたようで、ありがとうございます」


 「いや、礼を言われるほどのことじゃないよ」


 「お礼じゃないです。嫌味で言ったのです。

 私とお母様の仲が悪くなったら、どうしてくれるですか。何とかして頂けるのですね」


 「礼じゃないのは分かっているよ。心配するな。たぶん大丈夫だ」


 「本当ですか。お願いしますよ」


 「それより聞きたいことがあるんだ」


 〈カリナ〉に聞くと、

 〈リク〉の母親は以前この辺りに住んでいた。

 〈リク〉と〈カリナ〉が幼馴染なのは、その頃二人で良く遊んでいたためだ。

 〈カリナ〉が、幼いころにも良くして貰ったし、芯がしっかりして、面倒見も良い尊敬出来る女性とのことだ。


 「それをご領主様は、私とお母様の間の火種を大きくするようなまねをして、泣きたくなります」

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