第107話 赤灯通りの鱈腹町 

 「〈タロ〉様、舞踏会用の服はあるのですか」


 「練習で着ていたのがあるよ」


 「練習用の服で舞踏会に出るなんて、〈タロ〉様は」と〈アコ〉が叫ぶように文句を言う。


 おぉ、期待通りに叫んでくれた。

 最近は〈アコ〉の考えが、少し分かるようになってきた。


 僕がニマって笑うのが見えたんだろう。


 「〈タロ〉様、何にやけているのですか。

 次の休養日に、舞踏会用の服を買いに行きますので、そのおつもりで」


 「そうなの。仕方が無いな。そうだ、次の休養日に二人に渡す物があるんだ」


 「私達に渡すものですか」


 「〈タロ〉様、それは何ですか」


 「いや、たいしたものじゃないんだよ」


 「気になりますわ」


 「教えては下さらないのですか」


 「うーん、まあ良いじゃないか」


 二人は訝しげな目で僕を見ている。何を渡されるか、想像がつかいないようだ。


 新しい店とその二階を見ていたら、もう夕方だ。

 二人とも、入念に観察していたからな。


 二人のお尻を少ししか揉めなかった。計画通りにはいかないもんだな。

 お尻を揉む以外のことは何も出来なかったな。全く不完全燃焼だよ。


 黒い煙が、僕の身体からブスブス噴き上がってきそうだ。欲求不満による悪い瘴気だ。

 犯罪に走る前に何か打開策が必要だな。


 早朝稽古にやってきた〈リク〉の様子が、明らかに変だ。

 悩みを抱えているのが、誰にも分かる感じになっている。


 「〈リク〉何か悩みがあるようだな。〈カリナ〉のことか」


 「えっ、そうでは無いです」


 「いや、悩みがありますって、顔にハッキリ書いてあるぞ。誰にでも分かるぞ」


 「うっ、分かりますか」


 普段の〈リク〉は、精神が安定しているからか、動じない感じで、極めて無表情だ。

 けど今は、くっきりと表情に出ている。


 普段との違いが激しいから、分かりやすい。

 抱えている悩みは、大きいのかも知れない。


 「〈カリナ〉のことでは無いのです。母親のことなのです」


 〈リク〉の話した内容は、


 〈リク〉の家族は、母親と〈リク〉の二人切りだ。

 父親は〈リク〉が幼い時に戦死している。

 母親は、飲食店で夜遅くまで働いて、女手一つで〈リク〉を育ててくれた。

 苦しいことや悲しいことがあっても、いつも笑顔を絶やさない優しい人だ。

 ただ、〈リク〉へのしつけは厳しかったらしい。

 〈リク〉が大人になって軍に入った後も、同じ飲食店で夜遅くまで働いていた。

 〈リク〉の給金も入るので、程々で良かったのだが、母親の生きがいでもあったようだ。

 しかし最近、転んで足を折ったことにより、片足に障害が残ってしまった。

 運の悪いことに、複雑骨折をしたらしい。

 働いていた店は、庶民的でとにかく忙しいため、障害がある母親は邪魔にしかならなくなった。

 母親は、生きがいを失い、部屋に閉じこもって外に出てこなくなる。

 「自分はもう価値が無い人間だ」「ただ飯食らいの厄介者だ」「もう死にたい」とばかり言うようになった。

 顔も身体も日に日にやつれて、非常に心配な状態になっている。


 と言うことだった。


 「そうか、〈リク〉分かった。良く話してくれた」


 「こちらこそ、ありがとうございます。話を聞いて頂いて少しは気が楽になりました」


 母一人子一人か。


 〈リク〉は、母親にとって、楽しい時も悲しい時もずっと一緒に暮らし、手塩にかけて育てた、可愛くて仕方が無い一人息子だ。


 その息子を〈カリナ〉に取られたようにも感じているんだろう。

 間の悪いことに、二つの生きがいを同時に失ってしまったんだな。


 ここは、〈カリナ〉を〈リク〉の母親の標的に仕立てて、嫁いびりでもして貰おうか。

 〈カリナ〉には悪いが、そうすれば少しは憂さが晴れるかもしれない。


 「〈リク〉、あまり意味は無いかもしれないが、一度お母さんに合わせてくれ。

 会って話せば何か良い案が出るかも知れない」


 「ご領主様、ご足労をお掛けしてすみません。

 こんなことを頼みますのは、本当に申し訳ないのですが、よろしくお願いします」


 〈リク〉も僕が会ったからと言って、どうにかなるとは、本当のところ思ってはいないはずだ。 

 だが、藁にも縋る気持ちで、もしかしたらという想いがあるのだろう。


 もう何でも良いから母親の刺激になって、変化が生じれば良いと思っているのかも知れない。


 日に日にやつれているんだ。会うなら早い方が良いということで、夜に母親を訪ねることにした。


 学舎には、領地の用務で帰るのは夜遅くなると届け出た。

 担任の先生には、「やはり当主は大変ですね。学舎より領地を優先するのは当然です」と同情気味に許可して貰った。


 〈リク〉は、部下はいないけど、近衛隊長だ。

 重臣の精神の安定は、立派な用務に決まっている。


 「母が住んでいる赤灯通り(せきとうどおり)の鱈腹町たらふくちょうは、ここからは、遠いので辻馬車で行きます」


 「赤灯通りの鱈腹町って言うのか」


 「そうです。王国軍兵舎から近いので、食べ物屋と飲み屋が集まっている場所です。

 貴族の方には縁遠い場所ですが、ご領主様構いませんか」


 「全然、構わないよ。こんな時じゃなかったら、その辺りをうろつき回りたいくらいだよ」 

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