第106話 両手にお尻だ

 〈アコ〉と〈クルス〉は、部屋に入ってきたなり、

 「良いお部屋ですね。落ち着けそうな感じですわ」


 「内装に木が多く使われていて、人に優しい感じです。ほっとしますね」

 と手放しで褒めてくれる。


 「そうだろう。落ち着けるんだよ。ほっとするんだよ」


 「窓から見えるのは、《黒鷲》の壁ですね。屋根が少し見えていますわ。

 こんなに近いのですね」


 「こちらの窓からは、学舎町が見えますね。上から見るとまた違った感じですね」


 二人は、またウロウロと部屋を見て回っている。


 「すごく厚い扉ですね。高級感がありますわ」


 「窓かけも二重なのですね。凝っていますね」


 もう、部屋を見るのは良いだろう。ソファーに座ろうよ。



 座った第一印象は、固いな。

 でも、体重をかけると少し沈んで、ふんわりと身体をサポートしてくれる。

 背もたれは、かなり柔らかいけど、身体をちゃんと支えてくれている。


 やはり高級品だけのことはある。固すぎず、柔らかすぎずだ。

 気持ちが良すぎて、このまま寝てしまいそうだ。

 最初の趣旨を忘れそうだよ。


 「〈アコ〉と〈クルス〉、こっちへ来て座ってみろよ。

 この長椅子の座り心地は、とっても良いぞ」


 僕が真ん中に座っているので、〈アコ〉が右で、〈クルス〉が左だ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕に身体をピッタリ引っ付けて座ってくる。

 ソファーの幅の関係もあるけど、それ以上に身体を引っ付けてくるな。

 ソファーの両端には、まだ少し余裕があるぞ。


 〈アコ〉と〈クルス〉の背中に手を回すと、両手に花だな。

 いや、両手にお尻だ。


 僕はリラックスしたいという感じで、両手はソファーの座面に置いている。

 そうすると自然に、〈アコ〉と〈クルス〉のお尻に掌が当たってしまう。

 ごく自然な動作のはずだ。


 続けて、必然の動作で。 

 〈アコ〉と〈クルス〉のお尻の丸みに合わせて、僕の掌を沿わせることになる。


 沿わせた後、軽く二人のお尻を揉んでしまった。

 お尻が掌の中にあるんだ、そりゃ揉むでしょう。だって、柔らかいんだもの。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、「アッ」「ヤッ」と小さく声を出したが、逃げようとはしなかった。


 大丈夫そうだな。もう少し揉んでみよう。

 もう2回ほど、左右同時にもみもみした。ムニュムニュと柔らかい。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕の方を向いて、少し睨んできた。

 もう止その辺で、止めなさいという合図だ。


 決して、慌てないことが肝心だ。怒らせ過ぎたら後が続かない。

 ギリギリのところを狙って、ジワリジワリと浸食する。

 今のところは、お尻に掌を沿わせるだけにしておこう。


 僕がお尻を揉むのを止めたので、〈アコ〉と〈クルス〉は、ソファーを堪能しているみたいだ。

 オットマンに足を乗せて、すっかりリラックスモードだ。


 「この長椅子、座り心地が最高ですわ。足のせ台も良いものですね」


 「長椅子に座って、足のせ台に足を延ばすと、心も伸びやかになります」


 「最高だろう。周りが全部柔らかいんだよ。グフフフ」


 「〈タロ〉様、変な笑い方は止めて下さい。気持ち悪いですわ。

 それと《黒鷲》にも、「新入生歓迎舞踏会」のこと、掲示されましたか」


 とうとう、キモイと言われたよ。僕に限って、そんなはずは無いのに。


 「うん。張ってあったよ。《白鶴》と共催なんだね」


 「そうです。二十九日後ですから覚えておいて下さいね。

 忘れていたら、心の底から本気で怒りますからね」


 目が怖いな。本気の目だ。忘れたら、マジで殺されそうだ。


 「分かっているよ。忘れたりするもんか」


 「くれぐれも頼みますよ。私は《白鶴》に身の置き所が無くなってしまいます」


 「分かってるって。それに〈クルス〉も来るんだろう」


 「私は、その舞踏会には行きません。たぶん、周りから浮いてしまいます」


 そうなのか。でも、そうかも知れないな。

 平民が貴族の催しに、のこのこ来る感じになるんだろう。

 〈クルス〉とは、残念なことに踊れ無いのか。〈クルス〉が不憫だな。


 「そうか。〈クルス〉とも踊りたかったのにな」


 「〈タロ〉様、私と踊りたいのですか」


 「もちろん、そうだよ」


 「それじゃ、《赤鳩》の新入生歓迎舞踏会の時にお願いします。

 〈タロ〉様に来て頂くのを若干迷っていましたが、これで解決しました」


 「えっ、《赤鳩》もあるのか」


 「ええ、ありますよ。《青燕》と共催です。

 《黒鷲》の舞踏会から十日後ですから、日程はかぶりません」


 「《青燕》と共催か。《黒鷲》が行っても良いの」


 「婚約者がいる場合は、届ければ大丈夫です」


 「そうなの。でも、周りから浮いたりしない」


 「少しはあるかも知れませんが、〈タロ〉様、私と踊りたいのですよね。

 私が他の男性とずっと踊っていても良いのですか」


 〈クルス〉は、僕の目を真直ぐ見て聞いてくる。

 その目には、恐れと希望が入り混じった感情が、渦巻いている気がする。

 僕を切なく求めている目だ。


 「〈クルス〉と踊るのは、僕しかいないよ。

 でも、あんまり目立たないようにしような」


 「はい。嬉しい。〈タロ〉様、ありがとうございます」


 〈クルス〉の目には、もう不安の色は無くなり、薄っすら赤くなった頬が可愛い。

 今なら、がばって抱きしめても抵抗しないだろう。

 でも、右には〈アコ〉が居るんだな。誠に残念。


 それに、《赤鳩》はまだ良いとして、《青燕》の群れに突っ込んでいくのか。

 自分たちの縄張りで、自分たちの獲物である《赤鳩》の一人を、我が物顔でさらっていくようなもんだろう。


 これは、完全に敵役だな。

 鼻持ちならない貴族のスケベ領主、認定だな。

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