第105話 〈南国茶店〉

 個室のブースは五か所だ。カウンター席は無い。狭いから仕方が無いんだ。


 内装は少し凝って、南国ムードを取り入れてみた。

 エスニック調と言うのか、アジアン風と言うのか、とにかくそんな感じだ。

 気分がそうなら、そうで良いんだ。


 床は、こげ茶色とアイボリー色を交互に斜めに張って、ハイトーンとダークトーンを組み合わせた。

 まるで、インテリア雑誌から抜け出たような床なんだ。たぶん。


 壁も、薄く剥いだ木を細かく斜めに編み込んで、全面に貼り付けている。

 廃材に近い細かい木を使用しているので、値段もすごく安いんだ。

 この世界は、人の手仕事が驚くほど安価で、何度も驚かされる。身分の差が大きいためだろう。


 天井は、思い切って真っ青に塗って、白い雲を漂わせてみた。

 上を見上げれば、一面の青空だ。鬱陶しい気分なんか、南風で吹き飛ぶぞ。


 止めは、レジ周りを、ヤシの木に見えるように装飾したことだ。

 幹を模して、ザラザラとした質感の木の皮を張って、茶色に塗っている。

 葉っぱは、トゲトゲの形に板を切って、鮮やかな緑色に塗ってそれらしくした。

 南の国の穏やかな音楽が聞こえて、際どい民族衣装の女性が周りで踊っているぞ。

 レジはもう南国の店になったとしておこう。


 ただ、暖炉があるのが、雰囲気を微妙なものにしている。

 ハッキリ言ってぶち壊しだ。


 でも、現実は南国じゃ無いので仕方がない。

 暖炉の火は、温かくて癒されるよ。


 「〈タロ〉様、良いお店ですね。内装が素敵ですわ」


 「まるで、本物の南の国に来たようです」


 「そうかな。ありがとう。まあ、そこの椅子に座ってよ」


 「〈タロ〉様、この椅子、座るところと背もたれが、縄で編んでいるんですね。

 こんなの初めて見ましたわ。吃驚です」


 「私も初めて座ります。座り心地も、少し変わってて良いですね」


 「衝立も、太い蔓で出来ているのですね。南国情緒がたっぷりですわ」


 「ふじの蔓で編んでいるんですね。

 背が高い割には、重苦しさが無くて良いですね」


 「そうかな。そうだろう。ありがとう。この机の敷きものも良いだろう」


 「南の植物の絵ですね。鮮やかですわ」


 「この柄を見たら、心が遠い南国に飛ぶ気がします」


 「そうだろう。そうだろう。ウフフフ」


 身びいきもあるだろうが、女子受けは上々だ。まずは良かった。

 この店は、女性にそっぽを向かれたら終わりだからな。


 お茶とジュースとお菓子では、男は来ない。自ずと女性がターゲットになる。

 男は女性が来たら自然とついて来る。おまけだ。


 男は女性が来たいと言ったら、逆らえないからだ。

 僕が自分で実証しているから、この説は固いぞ。


 「〈タロ〉様、この店のお品書きはどんなのですか」


 「それがな、種類は少ないんだ。お茶と蜜柑果汁と焼き菓子だな」


 「それは、少ないですね」


 「おイモは売らないのですか」


 「南国だからな。イモは合わないと思ったんだ。お菓子は、今後の検討課題だな」


 二人は、立ち上がって、物珍しそうに新しい店の中をあちこち見ている。

 ヤシの木風のレジに少し驚いているぞ。


 「〈タロ〉様、このお店の名前は、なんて付けたのですか」


 「〈南国茶店〉だよ」


 「まあ、そのままなんですね」


 「何の捻りもないですね」


 「えっ、良い名前だろう。名は体を表しているだろう」


 「そうですけど」


 「中身で勝負と言うことですね」


 二人の受けは、あまりよろしくないが、もう看板は注文しちゃったよ。


 〈南国茶店〉、我ながらシンプルで良い名前だと思うけどな。

 何をコンセプトにしているかを、端的に理解してもらえるはずだ。

 誰もが、南国に行って、ゆっくりと休みたいと思うに決まっている。

 そう信じたい。そう信じよう。信じた者は救われるはずだ。


 「二階もあるけど見るかい」


 「もちろん、見ますわ」


 「ぜひ、見たいです」


 店の中にある階段を使って、二階のホールに上がる。

 二階は、廊下を挟んで二室しか無いが本当の個室だ。

 部屋の大きさは、十人入るには厳しい。五人なら余裕がある。

 窓はそれほど大きくは無いが、三方に空いているし、小さな暖炉もついている。


 壁と床は、板を二枚張り合わせて中に空気の層を作る構造にしている。

 窓のカーテンは、薄手と厚手の二重と過剰なくらいだ。


 これは、暖房効果も高める意味もあるが、主眼は防音効果を狙ってだ。

 この部屋の中で、何をしても、どれほど声をあげても、部屋の外には聞こえないってことだ。

 フハハハハ。この部屋の中では、えろえろ出来ると言うことなんだよ。


 家具も、えろえろ考えて選んだぞ。

 まずは、三人がけのソファーだ。高級品をチョイスした。

 固くは無いが、柔らか過ぎない物を選んで貰った。


 固いとあまりリラックス出来ない。

 だが、柔らか過ぎると身体が沈み過ぎて、身体の下に手が入らない。

 絶妙な固さが求められる。


 僕も今日初めて座るので、どんなソファーかドキドキしている。


 ソファーと対になるオットマンも、購入済だ。

 足が延ばせるし、人数が多い時は椅子の代わりにもなる。

 テーブルもあるけど、これはどうでも良い。


 ソファーが命だ。

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