第99話 擬態本
〈ロラマィエ〉は、「流石ですね。安心して見ていられました」
と言って褒めてくれているようだ。
〈フラン〉と〈アル〉も、「剣術の達人とは思って無かったよ」と大袈裟なことを言ってくる。
二組の他の生徒も、一組の生徒も、皆、「強い」「凄い」「かっこいい」と口々に僕を褒めて持ち上げようとする。
「そんなたいしたものでは無いよ。模範試合だし。相手が考えてくれたんだよ」
と抗弁しても、「そんなの、謙遜し過ぎですよ」と言って、更に持ち上げてくる。
まあ、何にしても褒められるは、気分が良いものだな。
反論するのも邪魔くさいし、「先頭ガタイ」には悪いが、褒めさせておくか。
アハハハハ、愉快だ。
気分を良くした僕は、夜寝る前に買った本を読んでみた。
あることのネタにしようという魂胆だ。
「春息吹の風のいたずら」から読んでみるか。
楽しみだな。ワクワクしてきたぞ。期待が膨らむな。身体の一部も膨らむな。
だがしかし。ゲッ、なんだこれは。
《春息吹》の生徒が、風で巻上げられる縦ロールの髪形を、工夫を凝らして防ぐ話だった。
時には挫けそうになる心を友達と支え合って、様々な工夫を凝らして、縦ロールを風から守る、感動の物語だ。
何が感動だ。
もっと下のものが、風で巻上げられなくては、いけないんじゃないのか。
気を取り直して、「赤鳩の血はにじんでいた」を読むことにする。
こちらは、《赤鳩》の学舎生が、深爪をしてしまい、シーツに血を滲ませてしまう話だった。
深爪の痛さを堪えて、シーツを泣きながら洗う、悲劇の物語だ。
なにが悲劇だ。
シーツに滲ませるのは、もっと身体の深いところの血でないと、いけないだろう。
読む前から、嫌な予感がする。今度は頼むぞ。お願いだ。
「白鶴の股間のしみ」は、《白鶴》の学舎生が、初めて料理に挑戦したが、股間の部分に材料の汁をこぼして、シミを作ってしまう話だった。
大切な白い制服を汚してしまうが、初心を曲げずに、ついに料理を完成させるという女の子の成長物語だ。
何が成長だ。
成長した身体の奥から出る汁で、シミを作れよ。白い汁でも良かったのに。
最後の「緑農学苑の羞恥な獣」は、読む前からもう諦めだ。
中身は、やっぱり、家畜の繁殖に、真摯に取り組む女の子の話だった。
恥ずかしがりやの家畜達を、一生懸命世話をして、心を開かせ、最後は繁殖に成功するという愛情一杯の物語だ。
何が愛情だ。
家畜の交尾では何も面白くない。どうして、人が獣にならないんだ。
騙された。題名に騙された。題名詐欺だ。訴えてやる。
でも、「エッチな本だと思って買ったら、騙されました」とは言えないよな。
どこにも、エッチな本だとは書いて無かったし、純情な僕がいけなかったんだろう。
怒っていても仕方が無い、もう一つの機能のトイレに行くか。
トイレに行く途中で、廊下を歩いている〈アル〉に出くわした。
「どうしたんだ、〈タロ〉。何をブツブツ文句言っているんだ」
知らず知らずのうちに、口から無念がこぼれていたようだ。
「あぁ、それが本の題名に騙されたんだよ。悲しいことに、四冊もだよ」
「そうか、良く聞く話だ。皆、ころっと騙されるんだよ。
普通の本屋にはエッチな本は売っていないんだよ。あれらは、擬態本なんだな」
「おっ、擬態本ってなんだ」
「俺が名付けたんだが。エッチな本に題名だけ擬態している恐ろしいやつだ」
「確かに、期待を裏切られた、落胆が恐ろしいほど深いな」
「そうだろう。そうなんだ。あまりにも可哀そうだから、俺が一冊良い本を貸してやるよ」
〈アル〉はそう言うと、自分の部屋に本を取りに行ってくれた。本当に良いやつだな。
「これだよ。題名は逆にエッチじゃ無いが、内容は良い仕事をしているぞ」
「そうなんだ。ありがとう恩にきるよ。読むのが楽しみだな」
「なに良いってことさ。ただ、パリパリにはしないでくれよ。良い本だからな」
「分かったよ。心配しないでくれ。細心の注意で方向を制御するよ」
想像だけど、〈アル〉は何回も騙されて、やっとの思いで、本物のエッチな本を手に入れたんだと思う。
悔し涙を何回も流したんだろう。
その努力が結実した本を貸して貰えるなんて、僕はなんて幸せ者だ。
決して、パリパリにはしないぞ。僕はそう誓った。
本の題名は「《青燕》と《赤鳩》と《春息吹》」だ。
題名には、エッチさは微塵も無いな。
本の内容は、《青燕》の学舎生が、《赤鳩》と《春息吹》の学生を、言葉巧みに誑かして、最後には、はらましてしまう話だ。
甘い言葉で誘って、時には優しく、時には強引に、あらゆる手管を使って、いやらしく落とす話だ。
濡れ場のシーンは、シュチュエーションを変えて何回もあり、その描写も、ぬるぬると生々しく、喘ぎ声が聞こえてくるような臨場感がある、素晴らしい作品だった。
人生の示唆に溢れている。経典となる本だな。学舎性活のバイブルと呼ぼう。
おまけに挿絵まであって、実用性にも不足がない。
方向を慎重に制御して、無事もう一つの機能も十分満足させることが出来たよ。
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