第98話 いわゆる模範試合だ

 「先頭のガタイの良いやつ」と相対峙する。


 相手は何が嬉しいのか、ニヤニヤしているぞ。

 考えていることが全く読めないヤツは、どうにも気持ちが悪いな。


 「審判は先生がするので、必ず指示に従うんだぞ。

 怪我するのも、させるのも嫌だろう。

 模範試合だから、勝敗は一本勝負だ。

 武体服で保護されている箇所への、有効打があれば一本とする。

 保護されてない場所への攻撃は禁止だ。反則になる。

 当然、顔面や男の急所への打撃も反則だ。

 その他、危険と判断した場合は、試合を中断させるので、直ぐに止めること。

 それじゃ、互いに礼をして、初めてくれ」


 模擬刀は、中が中空になった特殊な木だから、滅多なことでは怪我はしないと思うが、やはり気乗りがしないな。

 痛いのは嫌だ。早朝稽古だけでお腹一杯だよ。


 そうは言っても、ここまできたら仕方が無い。

 三メートル位の間隔を開けて、互いに立礼を行って試合開始だ。


 「戦争の英雄さん、行きますよ。覚悟は出来ているんだろうな」


 と言いながら、「先頭ガタイ」は、正面から僕の頭を目掛けて、模擬刀を切り下ろしてきた。


 一歩の踏み込みも、握りの絞りも、刃筋も、中々様になっている。

 何より、腰が据わった切り下ろしが、力強いし素早い。


 僕は、右上段から切り下ろしてきた模擬刀に、僕の模擬刀を当てて、右横に受け返した。

 威力のある切り下ろしだが、〈ハヅ〉や〈リク〉のバカ力に比べれば、なんていうこともない。

 余裕で捌ける。


 僕は、一連の動作で、模擬刀を引きつつ身体の正面に戻す。

 僅かに体勢が崩れた「先頭ガタイ」の、鳩尾を素早く突いた。


 「先頭ガタイ」は、目をむきながら、大慌てで右横に飛んで逃れた。


 「先頭ガタイ」は、逃れるのに必死だったんだろう。

 倒れそうになりながら、右半身を晒している。

 体勢は完全に崩れて、隙だらけだ。


 えっ、もう終わり。

 今は、どこに打ち込んでも一本取れるぞ。

 いくらなんでも、簡単過ぎるな。模範試合にならないよ。

 これは。どうしたら良いんだ。


 しばらく、迷っていたら「先頭ガタイ」は、何とか体勢を戻したようだ。


 怒っているような真っ赤な顔をして、

 「今度は本気だ。この剣技を受けてみろ。もう容赦しないぞ」

 と言って、右上段から切り下ろしてきた。


 あれ、またかと、右横に受け流そうとすると。

 「真っ赤な先頭ガタイ」は、僕の模擬刀を押さえつけるように巻き込んできた。


 〈ハパ〉先生に最初の頃教えて貰った「行き制圧」と言う技だと思う。

 力が強い人が得意とする技だ。こいつも『強手』のスキルを持っているのだろう。


 昔、〈ハヅ〉にこの技をしかけられて、木剣で良くどつかれたよ。

 今は良い思い出だ。いや、今でも許さないぞ。


 やった方は忘れても、やられた方は何時までも覚えているんだ。

 木剣は模擬刀の数倍痛かった。

 少しは晴らしたが、〈ハヅ〉への仕返しはこれからだな。


 「行き制圧」を外すのは、何通りかあるが、一番簡単なのは、剣を素早く引いてしまえば良い。

 ただ、相手の巻き込んでくるスピードを上回る必要がある。


 僕が「行き制圧」を引いて外すと、「真っ赤な先頭ガタイ」は、また右側に体重をかけすぎて、体勢を崩している。

 こいつは右によろける癖があるのか。


「まだまだ負けん。これでどうだ。渾身の一撃だ」


 また、右上段から切り下ろしてきた。

 得意なんだろうが、あまりに単調だ。こいつはバカか。


 また、僕も右横に受け流そうとした。あれ、人のことは言えないな。

 すると、また「行き制圧」を仕掛けてきた。

 今度は、さっきより巻き込むスピードを上げてきた。


 顔もさっきより赤さが増して、モウモウと湯気を噴き出している感じだ。


 同じ返しでは、芸が無いので、今度は巻き込む力を利用した「制圧利働」で対応するか。

 技と言うほど、たいしたものでは無いが、相手の力を利用して効率が良い。


 相手が巻き込もうとした時に、力に逆らわずに、より早く剣を働かせて、地擦りの位置から、逆手打ちで脾腹を狙った。


 「真っ赤な先頭ガタイ」は、必死に腹を引っ込めてかわしたが、身体が九の字に折れて、頭を僕に差し出している。

 僕は思わず、正面から相手の頭に、模擬刀を切り下ろしてしまった。


 「ボグッ」って大きな音がして、「真っ赤な先頭ガタイ」は前につんのめっている。

 反射的に切り下ろしてしまったな。まだまだ、修業が足りていない。


 「そこまで勝負あった。〈タロスィト〉君の一本勝ちだ」


 「ウググ、参りました」


 「真っ赤な先頭ガタイ」は、歯を食いしばり額に土がついたまま、僕を睨んでいるように見える。

 相当手加減したつもりだったけど、頭が痛かったのかな。


 「お相手ありがとう。大丈夫。痛かった」


 「痛かっただと。今のは、所詮模範試合だ。本番では、この程度と思うなよ」


 「見事な模範試合だった。

 基本の「右上段から切り下ろし」と、その返しの、良い見本になっていたぞ」


 そうか、模範試合だから、皆の参考だから、「右上段から切り下ろし」ばっかりで攻撃が単調だったのか。


 おかしいと思ったが、そう言う訳か。バカと思ってすいません。

 流石、模範試合を言い出すだけあって、「先頭ガタイ」は良く考えているな。


 「君は、良く考えているな。

 同じ切り下ろしを三回も続けるなんて、中々出来ないよ」

 と心底感心して、「先頭ガタイ」を褒めたたえた。


 僕には、皆の見本のために進んで、頭を叩かれて、額に土を付けることなんて、とても出来ない。


 「先頭ガタイ」は、僕の顔付から本当に感心しているのを感じ取り、

 何回でもやってやる」

 と、怪訝な顔をしながら、仲間のところへ帰っていった。


 まだ、自分を犠牲にするつもりか。凄いやつだ。

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