第96話 新入生歓迎舞踏会

 「分かったよ、〈アコ〉。もう人前で触ったりしないよ」


 「分かって頂けたら、結構ですわ。

 結婚したらもう少し緩めますから。私の立場も変わりますので」


 〈アコ〉は、僕に上着を着せて、ボタンまで留めだした。


 「〈アコ〉、ボタンくらい自分で留めるよ」


 「〈タロ〉様、今は私にさせて下さい。〈タロ〉様にしてあげたい気分なのです。

 十日後にしか会えませんので、甘やかしてあげたいのです」


 〈アコ〉は、とうとう僕に何もさせずに、僕の着替えを全てやってしまった。

 僕の制服の皺を手で伸ばすという細かいこともしてくれている。


 「そうなの、甘やかし過ぎじゃないの」


 「今は、二人切りだから良いのです」


 〈アコ〉は、僕の右手を持って、自分の胸に沿わせた。

 やっぱり柔らかくて豊かな胸だ。それに暖かい。


 「制服が皺になるので、手を動かしてはいけませんよ。

 それと〈クルス〉ちゃんが待っていますので少しだけですよ」


 と言って、僕の目の前に顔を向けて、目を瞑っている。


 僕は〈アコ〉の唇に、自分の唇を重ねた。

 〈アコ〉の今日の唇は、妙に腫れぼったくて、熱かった。


 今は素直に〈アコ〉の言うことを聞いておこう。

 唇を直ぐに離して、〈アコ〉の顔を見ると、何が楽しいのか少し笑っている。


 今日は、時間が無かったが、次は舌を入れてやるぞ。

 もう、規定回数に達しているはずだ。


 〈アコ〉は、僕の胸を軽く手で押して、扉の方へ歩き始める。

 その横顔は寂しそうに見えた。二人切りの時間はもう終わった。



 帰り着いた《黒鷲》の寮は、帰ってきた学舎生で、活気に満ちていた。

 皆、口々に「どうする」「今から緊張するな」「あてはあるのか」と五月蠅いくらいだ。


 困ったような、嬉しそうな、一種華やいだ雰囲気になっている。

 いや、修正が必要だ、むさ苦しい男子が、華やいだは無いな。


 皆、テンションが上がっている感じだ。一部だだ下がりのヤツもいるけど。


 丁度近くにいた〈アル〉に聞いてみた。


 「〈アル〉、皆が騒いでいるけど、何かあったのか」


 「あれ、〈タロ〉は知らないのか。入口に大きく掲示されていたぞ。

 「新入生歓迎舞踏会」が開催されるんだよ。それで、騒々しいんだよ」


 「そうなの、そんなの張ってあったかな。それで「舞踏会」は何時なんだ」


 「三十日後だよ。《春祈祭》に合わせるんだろう」


 「二人で何話しているの。僕も入れてよ」


 二人で話している横から〈フラン〉が入ってきた。


 「〈タロ〉に「新入生歓迎舞踏会」のことを教えてやってたんだ」


 「へー、〈タロ〉は見なかったの。大きな紙が貼ってあったよ」


 「どうせ僕は、注意力散漫だよ」


 「ははっ、ようやく気づいたか」


 「うふふ、そんなことはないよ」


 「それで、二人は、嬉しいのか、困っているのか。どっちなんだ」


 「俺は困っている方だ。

 女子と踊るのは、恥ずかしいけど、楽しみでもある。

 でも、女子を踊りに誘うのが精神的にキツイ。今から胃が痛いよ」


 「そうなの、僕は平気だな。ただ、踊るだけだよ。〈タロ〉はどうなの」


 「僕か。そもそも「舞踏会」で踊る女子は、どこの女子なんだ」


 「はー、〈タロ〉はそこからか。話が進まないぞ」


 「先に掲示を見に行った方が良いよ」


 少しイラッとするけど、確かにその通りだ。

 大昔から、百聞は一見に如かずと言われているしな。


 大きな紙が寮の入口に掲示されている。

 良くこんな大きい物を見落としたな。すごいぞ、僕。


 〈アコ〉のことを思い出していたからだな。

 たぶん、メロンおっぱいで視界が遮られていたんだろう。


 おぉ、何か一杯書いてあるぞ。



  【新入生歓迎舞踏会(《白鶴学舎》との共催)】


〇趣旨 :諸君らの入学を祝し、社交性を養うことが主目的である。

     また、姉妹校の《白鶴学舎》生と友情と信頼を深め、

     両校の発展に繋げるものである。


〇日時 :二月の後月の一日 午後 《春祈祭》期間中


〇場所 :健武術場


〇演奏 :〈ヨヨーカル〉先生および本学舎卒舎生有志


〇音曲 :輪舞旋楽および跳舞旋楽


〇服装 :歓迎舞踏会に相応しいもの。公序良俗に反していないこと。


〇申込 :《白鶴学舎》には事前に要請を行っているため、

     恐れずに踊りを申し込むこと。

     拒否されないことになっています。

     また、《白鶴学舎》生が踊れていないのを発見した時は、

     直ちに踊りを申し込むこと。《黒鷲学舎》生たるもの、

     優しさと博愛精神を持って振る舞うこと。

〇その他:婚約者がいる場合白鶴学舎生以外でも参加は可。

     この場合は事前に届け出ること。 



 《黒鷲学舎》は異性間の友情が成立する派なんだな。


 「拒否されないことになっています」、なんて微妙な表現だろう。

 「拒否されない」のは建前で、現実は「拒否される」こともあると言うふうに読めるな。


 それで、〈アル〉は胃が痛いのか。皆が見ている前で、拒否されたら、一生もんの傷だな。

 僕は初対面の女の子を踊りにさそう勇気はとても無いな。 

 〈アコ〉がいて良かったよ。


 ただ、服はどうしよう。一応練習で使っていた服はあるけど、〈アコ〉が何か言いそうだな。

 「練習用の服で舞踏会に出るなんて、〈タロ〉様は」と叫ぶのが目に浮かぶよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る