第88話 人生の救世主

 僕も見ていたが、〈アコ〉も〈クルス〉の外套をチラチラ見ている。


 〈アコ〉も、当然外套を着ているが、茶色の一般的などこでもあるヤツだ。

 〈アコ〉は、僕の外套も気になるようで、チラチラ見てくる。


 色は全然違うけど、製造元が同じなので、デザイン的に〈クルス〉の外套とお揃いだと言えなくもない。


 気になるのだろうし、自分もお揃いが欲しいと思っているのだろう。


 「でも大切にされています」は、〈アコ〉からのメッセージなのかも知れないな。


 これで、お守りのお返しとはいえ、〈クルス〉と〈サトミ〉に櫛をプレゼントしたのがバレたら、思い切り拙い気がする。


 蜜柑とイモを渡したけど、お土産だしな。

 ロマンティックな要素は殆ど無いし、母親に渡した物だと思っている可能性が高い。


 「〈アコ〉、三人とも、同じような外套で揃えようと思っているんだけど、どうだろう。

 より仲良くなれるんじゃないかと思っているんだ」


 「〈タロ〉様、それは、〈クルス〉ちゃんと同じ外套を買って下さるということですか」


 「そうだよ」


 「うわ、本当ですか、良かった。ありがとうございます。

 〈クルス〉ちゃんのを見た時から、ひどく羨ましかったの」


 〈アコ〉は、喜んではいるけど、それよりはホッとしているようにも見える。

 一人だけ仲間外れみたいな感じを、思っていたのかも知れない。


 学舎町の門を出て、ちょっとぶりに裏通り商店街に帰ってきた。

 護衛の〈リク〉がいるから、門はあっさりと簡単に出られた。

 前回の失敗がバカみたいだ。


 商店街に着いても、つい最近まで住んでいたので、何の感慨も浮かばない。


 〈華咲服店〉に連れ立って行くと、何と言うことでしょう、客が店から出てくるのが見えた。


 店に入るとさらに驚きが待っていた。

 鼠色の陰気な店主が、様変わりしている。


 髪を複雑に結い上げて、銀色の大きなバレッタで派手に止めているし、服はキャンディの包み紙のようなポップな柄のワンピースに変わっている。

 おまけにこの世界では、見たことの無いような丈が短いものだ。


 〈アコ〉も〈クルス〉も、吃驚して目が丸くなっているぞ。

 口も丸く開きぱっなしだ。


 「伯爵様ご一行様、おはようございます。いらっしゃいませ」


 「店主、物凄く変わったな。同じ人だよね」


 「あら嫌だ。そんなに変わったかしら。

 前と同じ〈華咲服店〉の〈ベートア〉ですよ。伯爵様」


 〈アコ〉も思わず、

 「前は地味な服でしたのに、どんな心境の変化があったのですか」

 と聞いている。


 「お嬢様それは、お金が入ってきたからです。

 心と生活に余裕が出来て、視界が広がって、私の世界に色が戻ってきたのです。

 お金は素晴らしいです。煌めいています」


 〈クルス〉も、

 「お客様も増えたのですね」


 「そうなんです。前は影も形も無かったのですが、今はチラホラお客様が来るのですよ。

 私も不思議なのですが、これも伯爵様のお陰です」


 「どうして、僕のお陰なの」


 「伯爵様は私の人生の救世主様だからです。私に、幸せをもたらしてくれました」


 と言いながら、短い丈を気にしてか、しきりに裾を手で下に引っ張っている。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、僕の両側で「ムッ」としているのが感じられる。

 短い丈を強調して、太ももに視線を誘導する作為的な動作に見えたんだろう。


 ここはあんまり長居をしない方が良いな。


 「〈ベートア〉さん、前に買った外套と同じ物が欲しいんだ。あるかな」


 「伯爵様、〈ベートア〉は他人行儀ですわ。〈ベート〉と呼んで下さいね。

 もちろん、そちらのお嬢様の分の生地も、ご用意してありますよ」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、また「ムッ」としている。


 「用意が良いな。それじゃ頼むよ」


 店主は〈アコ〉の傍にきて、採寸を始めた。

 嬉しそうだ。またお金が入って来るからな。


 「出来上がるまで、五日ほどかかります」


 「それじゃ、十日後に取りに来るよ」


 〈アコ〉も「よろしくお願いします」と言って店を出た。


 〈アコ〉は、「このお店に一人で来てはダメですよ」と少し怖い顔で言ってきた。


 〈クルス〉も、「私か、〈アコ〉ちゃんが、一緒で無い時は入ってはいけません」

と真剣に言ってくる。


 女性の服屋なのに、お客の女性に警戒されて良いのか、〈ベート〉よ。

 お金に目がくらんで、何か変なことを企てていないよな。


 近くまで来たから〈南国果物店〉にも寄って行くことにした。


 「〈カリナ〉、おはよう。店の調子はどうだ」


 「ご領主様、おはようございます。至って順調ですよ」


 〈アコ〉と〈クルス〉も〈カリナ〉と挨拶を交わしている。

 見知らぬ女の子が、テキパキと働いているのが見える。

 あの子達が雇入れた子だな。


 「ご領主様、雇入れた子達を紹介します」


 「ご領主様、おはようございます。今度雇って頂いた〈シーチラ〉と申します。

 よろしくお願いします」


 「ご領主様、おはようございます。私は〈テラーア〉です。頑張って働きます」


 両方とも、十代半ばで、髪も艶があって肌もプルプルしている。

 スカートから覗いている膝小僧も可愛らしいな。

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