第86話 直観力を働かせましょう

 「楽奏科」の授業は、三十路くらいの女性が先生だ。

 腰まであるライトブラウンの髪を優雅に揺らして歩く、大人の女性だ。


 ひだ飾りが大きい薄桃のフリルスカートに、Uネックのように胸元が開いた白いブラウスにも、上品にフリルがあしらわれていてセンスがいい。

 上着は丈の短い赤色のジャケットで、白い布紐で前を合わせているのがフエミニンな印象を与えている。


 「無垢な学舎生の少年たちよ。何色でも染まるであろう少年たちよ。

 私こと〈ヨヨーカル〉の「楽奏科」にいらっしゃって下さり、熱く熱く感謝ですわ。

 五人もの少年を導けるなんて、喜びでこの身が打ち震えております。

 あなた方に、楽器をつま弾き、音色を奏でる楽しさを、手取り足取り教えて差し上げますので、楽しみにしておいて下さいな」


 何というか、この先生。醸し出す色気が半端無いな。


 そんなに際どい服を着ているわけでは無いのに、服の中に仕舞ってある身体の線が、不思議と強調される。

 胸もお尻も大きく、肉感的で豊満な身体をしていることが分かってしまう。


 動きの中で先生が行う、独特なためや、ちょっとしたポーズが先生の柔らかな中身を服からこぼれさせている。

 計算でやっているのか。天性のものか。

 どちらにしても、要注意だ。少し怖いぞ。


 「それでは、あなた方。演奏したい楽器を選んで下さいな。

 演奏したい楽器が分からない方は、遠慮なく仰って下さい。

 先生が一番しっくりくる楽器を選んで差し上げますわ。

 今まで、外したことがないんですよ」


 僕以外の四人は、以前から楽器を習っていたのかも知れない、それぞれが好きな楽器を選んでいる。

 小型のハープや木製の横笛や縦笛だ。

 横笛や縦笛は自分の物を持ち込んでいるようだ。


 初心者は僕だけらしい。

 これでは、授業についていけないかも知れない。授業の選択を誤ったかな。


 「〈ヨヨーカル〉先生、すいません。僕は初心者なのでどの楽器が良いのか分かりません」


 「んふ、分かりました。少しお待ちになって下さいな。他の方で分からない人はいますか」


 先生の言葉に反応する人はいなかった。

 やっぱり、他の生徒で初心者はいないようだ。


 「いらっしゃらないようですね。それではそのまま自由に練習しておいて下さいね」


 〈ヨヨーカル〉先生は、僕の傍までやってきて、


 「あなた、お名前は」


 「はい。〈ヨヨーカル〉先生、〈タロスィト〉といいます」


 「あら、あなたが英雄の《ラング》伯爵様なのね。

 想像してたのと違って可愛いのね。

 もっと筋肉隆々で筋張った人かと、勝手に思ってたわ。

 もう、生徒と先生の仲になったのだから、私のことはこれから〈ヨヨ〉って呼んでね」


 と僕の耳元で囁くように言った。


 英雄と言われたのは初めてだ。英雄とまでは言い過ぎだろう。何か狙いがあるのか。


 それにまるで、生徒と先生の仲が、違う意味に聞こえるぞ。

 何時、いけない火遊びをしたのか、僕はまだ指一本触れてないよ。


 「〈ヨヨ〉先生、英雄は言い過ぎです。そんな大それた者ではないですよ」


 「そうかしら、先生にはとっても強い生気が見えているわ」


 生気が見えるのか。なぜかみだらな感じがするのは、考え過ぎだよな。


 「先生、僕はどの楽器が良いのでしょ」


 「〈タロ〉君、直観力を働かせましょう。

 楽器は女性の身体に例えられることもあります。

 先生の手を握りながら、楽器を思い浮かべて見ましょう。

 さあ、やってみて」


 先生は両手を僕の方へさし伸ばしてきた。

 僕は、心の中で「えっ」と思いながらも、先生の手を握った。


 先生の手は、しっとりと濡れているような感触で僕の手を包む。


 手が白いから、乳白色のゼリーで覆われているようだ。

 舌で舐めたら、とんでも無く甘いのかも知れなし、苦いのかも知れない。


 先生に言われたように、頭の中で楽器を思い浮かべると、先生のナイスバディが浮かんできて、艶めかしくプルプル動いている。


 楽器じゃないのは仕方が無い。プルプルな両手をしっかり握っているんだから。


 「〈タロ〉君、何が思い浮かびました」


 「えーと、えーと、えーと。大きな胸とお尻が見えました」


 「んふ、〈タロ〉君は正直ですね。先生は正直な子は好きよ。

 そんな形の楽器といえば、リュートね。〈タロ〉君はリュートで決まりだわ」


 「リュートですか」


 「そうよ、〈タロ〉君の直感がリュートを選んだのよ。素晴らしいわ。

 リュートが〈タロ〉君の指先で摘まんで欲しいと訴えかけたのよ」


 本当なんだろうか。

 でも、リュートは良いかも知れない。前に見た吟遊詩人はかっこ良かった。


 「それじゃ〈タロ〉君。このリュートを胸に抱いてみて」


 「〈ヨヨ〉先生どう持つんですか」


 「お尻の部分を優しく〈タロ〉君の太ももに乗せて、指板のところに右手を持ってきてちょうだい」


 「〈ヨヨ〉先生こうですか」


 「合っているわ。〈タロ〉君、お上手ね」


 「右手で弦を押さえて、左手で弾くんですね」


 「そうよ。今日は先生がやりますね。〈タロ〉君は、くすぐったくてもじっとしててね」


 〈ヨヨ〉先生は、自分も椅子を持ってきて、僕の後ろから手を伸ばして、リュートを演奏しようとしている。


 どういうふうに演奏するのかを間近で実演してくれるのだろう。

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