第85話 えっ、早朝稽古がしたい

 「収支はトントンなら良いと思っている。

 折角採用したのに申し訳ないが、一人こっちの店に従業員を回して欲しいんだ。

 この店の清掃と改修が終わり次第だから、もう少し後になるけど」


 「うーん。そうですか。ご領主様がお決めになられたのなら、仕方ありませんね。

 分かりました。 従業員は一人で良いのですか」


 「それほど、流行るとは思っていないからな。

 先の話だが、学舎の式典がある日は要検討だな」


 話は終わったので、〈カリナ〉と〈リク〉は帰っていった。

 仲良く話しながら、〈カリナ〉に合わせて、ゆっくりと歩いている。

 二人が、何時ごろ結婚するのかを聞くのをいつもためらってしまう。

 何故だろう。二人が何か迷っている気がする。


 皆より少し遅れて、食堂へ行くと、今日の一学舎生の場所は座っている人が妙に少ない。


 「ちょっと用事で遅れたよ。今日は人が少ないんだな」


 「僕もそうだけど、持久走で食欲が無い人が多いんだよ」


 〈フラン〉のお盆を見ると、確かに殆ど手を付けていない。


 「俺は大丈夫だよ。兄と一緒に武芸の訓練もやったしな。

 領地貴族の次男はどうなるか分からないから、色々やらされるんだ」


 〈アル〉も、大変だ。

 次男は、長男のスペアの意味もあるからな。

 立場が流動的で定まらないのだろう。


 僕は、あの程度の持久走では全く問題無いので、二人の話を聞きながらも、出された料理をバクバク食べていく。


 「僕はもう食べられないけど、〈タロ〉君は、凄い勢いで食べるな」


 「そうかな。普通だと思うけど」


 「〈タロ〉君も、武芸の訓練をしたの」


 「そうだよ。武芸の〈ハパ〉という先生が厳しいんだ。

 今も早朝稽古をやらされているんだぞ」


 「ほんとに。それは凄いや」


 「あー、朝から稽古か。大変だな。俺はしたくないな」


 「そうだよな。僕も本当はやりたくないんだよ。眠いし」


 三人で話していると、隣で食べていた騎士爵の子が話しかけてきた。


 「僕は、〈ロラマィエ〉と言うんだ。よろしく。

 ところで、〈タロスィト〉君は、一人で早朝稽古をしているの」


 「いや、稽古の相手をしてくれる騎士がいるんだ」


 「えっ、騎士が相手をしているの」


 「騎士と言っても、最近昇爵した人だから、バリバリの兵士なんだよ。

 ごつくて力が強いから疲れるんだ」


 「〈リィクラ〉卿を雇入れたんだ。流石は伯爵家だね」


 「単なる人助けさ」


 「人助け? それで頼みがあるんだ。

 邪魔じゃなければ、僕も早朝稽古に混ぜて欲しいんだ」


 「えっ、早朝稽古がしたいの」


 「そうなんだ。僕の家系は、代々近衛兵に就いているんだけど、僕は武芸がもう一つなので、このままでは厳しいんだよ」


 自分から早朝稽古をしたいとは、世の中には、色んな人、色んな事情があるんだな。

 人間百人百様だな。


 一人よりは二人の方が、稽古の密度が下がって、僕にもメリットがある。


 「物好きだとは思うけど、稽古に混ざるのは構わないよ」


 「〈タロスィト〉君、ありがとう。明日朝から混ぜて貰うからよろしく。

 当然だけど、模擬刀は用意しておくよ」


 〈フラン〉と〈アル〉は、早朝から稽古かと、呆れているような感じだ。

 特に〈フラン〉は、絶対やりたくないって言っていた。


 早朝稽古に、〈ロラマィエ〉君は遅れずに参加した。

 強制されて無いのに、良く来るよ。

 変態か。


 「〈タロスィト〉君、お早う」


 「〈ロラマィエ〉君、お早う」


 「〈リィクラ〉卿、お早うございます。

 今日から一緒に稽古をさせて頂きます〈ロラマィエ〉と言います。

 お邪魔にならないようにしますので、よろしくお願いします」


 「ご領主様のご学友ですか、有難いことです。配下の〈リィクラ〉と申します。

 こちらの方こそよろしくお願いいたします」


 「お互い、長くて呼びにくいな。次から短く呼び合おう。良いか」


 「分かったよ」


 「了解しました」


 念のため、三学舎生の〈サシィトルハ〉さんと、二学舎生の〈チモフィセ〉さんにも、挨拶をさせておいた。


 新しく早朝稽古仲間に加わったのだから、仁義は通しておくべきだろう。

 学舎の先輩でもあるからな。


 《黒鷲》のパワーバランスは、良く分からないが、回避できる軋轢は、出来るだけ避けて通ろうという処世術だ。


 ただ、三学舎生の〈サシィトルハ〉さんに挨拶をする時は、しろどもどろになっていた。

 近衛を目指しているんだから、王族には弱いんだろう。


〈ロラ〉の力量を見るため、〈リク〉は打ち込みをさせている。

 僕は横で型の練習だ。


 目論見通り、楽が出来た。嬉しい。

 こんな些細なことで嬉しいのは、嬉しいことが少なすぎるせいだ。

 悲しいよ。


 今日は、選択科目の授業がある日だ。


 「商務科」の授業は、年配の男性教師が受け持っている。


 授業の内容は、帳簿類の記帳、各地の産物や商人への対処方を主に学ぶようである。

 これらは、王宮の財務官僚等を育てるのを主な目的としているからのようだ。


 もっと商売のことを学べると思ったが、期待外れだった。

 当たり前なんだろうけど、《黒鷲》では商人の育成はしていないということだな。


 貴族は、商人を管理して使役する立場ということなんだろう。

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