第82話 祈りは届かなかった 

 稽古終えて、〈リィクラ〉が「また、明日の朝来ます」と言って帰っていった。

 怠けても良いぞ。いや、絶対怠けて欲しい。明けの明星にお祈りしよう。


 朝から体力を使ったので、お腹が減って気持ち悪いくらいだ。


 食堂に行くと、席はすでに半分程度埋まっている。

 稽古をしていたので、そんなに早い方では無いようだ。


 食堂は大きく三分割されたように、一学舎生、二学舎生、三学舎生とに別れて座っている。

 王族とかと、無用なトラブルを起こしたくは無いので、当然一学舎生が集まっている場所に向かった。


 「お早う」「おっ、早いね」等、朝の挨拶を交わしながら、席に着くと給仕をする人が、朝食が乗ったお盆を持ってきてくれる。


 他の学舎生と、仲が良くなったわけでは無いが、挨拶程度は出来る。

 ほぼ、オウム返しだけど。


 食券なんかを買わなくて良いのは、貴族的だが、一種類なのは、まだまだ貧しい世界なんだろう。


 朝食は、ミルクと野菜のスープといり卵と白いパンだ。


 お腹が減っているから、相当美味しいけど、普通に食べても美味しいと思う。

 貴族の子の舌に合わせて、良い食材を使っているんだろうな。


 午前中の授業は、「軍務科」になる。


 軍隊でも、参謀的な情報収集や情報処理を学ぶ科だが、戦略や軍事史を中心に学ぶようだ。

 最初の授業は、王国建国時の戦いの話で、神話のような戦いを学ぶ必要性はあるのかな。

 それは、歴史の範疇だと思う。


 次の授業は「政務科」だ。


 選択授業が始まるまでの数日は、「軍務科」「政務科」の必須科目のみの授業となっている。

 必須科目だけあって、単位数も多いようだ。


 そうだ、選択科目を決めなくてはならないんだった。


 〈アコ〉と〈クルス〉に聞いてみたけど、「〈タロ〉様のお好きなように」と言う、全く関心が無い言い方だ。


 本心では、僕のことなど、どうでも良いのかと思ってしまった。

 よく聞くと、僕がどの授業を選んでも会えるわけでも無いので、二人には関係が薄いと言うことらしい。


 そういわれれば、僕も二人の選択科目にそれほど関心は無いな。


 〈アコ〉は、「農務科」と「詩文科」で、まあ無難な選択だ。


 〈クルス〉の《赤鳩》は、全教科選択制で比較にならないが、「庭務科」、「商務科」、「医務科」、「詩文科」と〈クルス〉ならこうだなと、驚きも何もない選択だ。


 きっと、本心でも、僕のことをどうでも良いとは思っては無いのだろう。

 疑いをかけ出したら、きりが無いからな。


 今度、触って確かめてみよう。


 僕の選択科目はどうでもいい感じになってしまったが、「商務科」と「楽奏科」にしておこう。


 「商務科」は店の経営の足しになるかなと思ったのと、「楽奏科」は、ポエムを書いたり、人前で歌って踊るのが恥ずかしいということだけで決めた。


 昼食後の午後の授業は、睡魔との戦いとなった。

 主人公に根性が無いため、たいした抵抗も出来ず完敗だ。


 おかげで、放課後にはスッキリと疲れが取れて、良かった。


 長い学舎生活、肩肘張らず、少しぐらいは適当でも良いだろう。

 たぶん。


 元気が出てきたので、寮の探検をしてみた。


 開放されている部屋は、洗濯請負人が居る部屋、シャワー室、小さな図書室と、たいして面白くもない。


 あと、談話室では数人が楽しそうに話をしている最中だ。

 あの輪の中に入る「対人スキル」は、僕には無いな。


 夕食後、シャワーを浴びて、考えごとをしていたら、また眠くなってきたので、もう寝よう。


 お祈りはそう簡単には届か無いから、きっと明日も早いに決まっている。


 案の定、祈りは届かなかった。


 〈リィクラ〉は昨日と同じ時間にやってきた。


 真面目で、僕のために、僕より早く起きている〈リィクラ〉に、冷たく帰れとは言えないな。


 たぶん、〈リィクラ〉は、善意と職務倫理にのっとっての行動だ。

 僕の考えを一ミリも理解出来ずに、信じられないほどの抵抗にあうはずだ。

 正当性と粘りに勝てる気がしない。


 昨日の二組も来ているので、遠慮して離れた場所で、また稽古だ。


 ハァー、朝から疲れるぞ。


 今日は、初めての「武体術」の授業だ。


 授業の場所は、校庭と健武術場との二か所で行われる。

 校庭は、ようは土のグランドで、健武術場は板張りの体育館だ。


 二つの施設とも、四つの学舎が交代で使用するようで、出入口もそれぞれ学舎ごとにあり、混在しないように作られている。


 今日は、土のグランドの方で、まずランニングから始まった。

 「武体術」は二組が合同の授業だから、十六人が一斉に走ることになる。

 そんなには早くないスピードだけど、皆、きつそうな顔になっているな。


 騎士の子弟は、ガチの試験だから、試験勉強を優先させていたんだろうし。

 そもそも、将来の目標を官僚においていて、兵士は端から目指して無いからな。

 体力はそれほど、重要視されないのだろう。


 ランニングの先頭を走っているのは、僕とは違う組の学舎生だ。

 入学試験で見かけた、ガタイが良いやつだったと思う。


 なぜか、気合を入れて走っているけど、僕は中団をのんびりいこうっと。

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