第81話 涙が頬を二筋流れた

 その後、文房具屋で筆記用具や手帳などを買った。


 荷物が多くなったので、一度寮に置きに行って、学舎町をぶらぶら歩いてみることになった。


 まあ、外に出られないので、これしか出来ないんだ。

 入学式から、早々と勉強する気にもなれないし。


 狭いから端から端まで歩いても、たかが知れている。

 おまけに、もう四軒店に入っているから、残りは十軒程度しかない。


 他の店は、女性服店が多くて、文房具屋も数軒ある。

 男性服店が二軒と少ないのは、どこの世界でも同じだな。


 珍しいところでは、洗濯屋があるな。


 「二人とも洗濯はどうしているの」


 「私は寮の洗濯請負人に頼む予定をしていますわ。

 もちろん、下着は自分で洗います」


 「私も洗濯は自分でする予定です。屋上に干場も作られているようですから」


 「干場があると良いわね。《白鶴》は自室に干すしか無いようなの」


 「〈タロ〉様は、どうなさるのですか。良ければ私がしますけど」


 「いや、嬉しい申し出だけど、それはまずい気がする。僕も洗濯請負人に頼むよ」


 本当は、《赤鳩》の屋上に行って、自分で干したいな。

 きっと、色とりどりの布がひらひら舞って、目を楽しませてくれるだろう。


 〈クルス〉は、僕の下着を洗濯してくれると言ったけど、さっきは見ないようにしてたはずだ。


 下着がゴワゴワしてたら、「キャ」って言うのかな。

 捨てたりしないよな。


 左側の一番奥に、一軒だけ閉まっている店があった。

 三階建てで、学舎町では大き目の店だ。

 立地が奥過ぎて、上手く行かなかったんだろうな。


 店を見ながら歩いていたら、もう夕暮れ時だ。

 買い物に時間がかかったからな。


 二人とも横にいるのに、手すら繋げなかった。

 母娘でも繋いでいる人は見ないし、学舎町ではハードルが高い。


 夕食は、〈アコ〉が決めた女性向けの野菜料理の店になった。


 〈アコ〉は、「これなら文句無いでしょう」って言う感じで、ムシャムシャと結構な勢いで食べていく。


 僕と〈クルス〉は、その様子が可笑しかったので、顔を見合わせて思わず噴出してしまった。

〈アコ〉は少しむくれて、頬を河豚のように膨らませたのも、それはそれで可愛かった。


 寮で寝ていると、扉をガンガン強く連打する音で目が覚めた。


 何だ、まだ暗い。緊急事態のようだ。


 領地で事件が起きたのか、〈アコ〉や〈クルス〉の身に何かあったのか。


 不安な気持ちを抱えて、扉を開けた。


 目の前にいる〈リィクラ〉に、


 「何が起こったんだ」

 と聞くと、


 「何もありませんが、稽古の時間です」


 と答えが返ってきた。


 「はー、稽古」


 「〈ハヅ〉先生から、よろしく頼むと言われております。

 さあ、武体服に着替えて外に出ましょう」


 僕は、まだ半分寝ぼけていたのと、混乱してボーとしてたので、〈リィクラ〉に武体服を着せられて、外に連れ出された。


 門番の衛士は、


 「おっ、流石は《ラング》伯爵様ですね。早朝稽古ですか、軍功は伊達ではないですね」


 と気軽に門を開けてくれた。


 休養日以外出れないのでは。

 あっ、護衛がいるという判断か。

 〈リィクラ〉の横暴から、守ってくれる護衛はいないのか。


 外はまだ暗く、冬の寒さが武体服の中へ染み渡ってくる。


 驚いたことに、僕らの他に、数人が薄明りの中で動いているのが見える。


 一番近い人影が近づいてきて、


 「おっ、《ラング》伯爵の〈タロスィト〉君か。

 そうすると横の御仁は〈リィクラ〉騎士殿か。

 新入学早々に稽古とは、素晴らしい軍功をあげる人は心がけが違うな。

 僕は、三学舎生の〈サシィトルハ〉と言うんだ。

 一年間は同じ学舎で学ぶ仲間だ。よろしく頼むよ」


 「あ、はい。〈タロスィト〉です。よろしくお願いします」


 「王族の〈サシィトルハ〉様ですね。

 武辺も疎かにしないとは、御見それいたします。

 私の方こそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 身長も高くて、すらっとした体形の、どちらかといえば優男タイプだ。

 薄いブラウンの髪を肩まで伸ばして、真ん中で分けている。

 少しだけ髪が額に掛かっているのが、きざったらしいが、そこそこのイケメンだ。


 学舎には、王族もいるのか。怒らせないように気を付けないといけないな。


 もう一組は、男爵家の〈チモフィセ〉と言う人で、二学舎生と名乗られた。

 こちらは、横幅も大きく、がっちりとした体格で、脱いだら筋肉が凄いと思う。

 所謂、ムキムキマンだ。

 黒髪を短く刈り上げて、一見では貴族とは思えない風貌をしている。


 二人の護衛というか、稽古相手は〈リィクラ〉のことを尊敬しているようで、しゃちほこばって、挨拶をしていた。


 訳が分からないうちに連れてこられて、稽古は何か理由を付けて止めてやると思っていたが、そうも出来ないぞ。


 王族に面と向かって褒められたんだ、形だけでもしないといけない雰囲気だ。

 〈ハヅ〉先生の言いつけでもあるようだし。


 ここは涙を呑んで、稽古をしよう。

 早朝から稽古か、涙が頬を一筋流れたよ。


 簡単な体操みたいなもので身体を解してから、〈リィクラ〉と掛かり稽古を行った。

 小一時間やらされた。


 早朝からは、精神的にも肉体的にも大変辛い。


 今度は、涙が頬を二筋流れたよ。精神の分と、肉体の分だ。

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