第80話 ブラック校則は打破すべし

 危なかった。


 もし、あのまま食べていたらと思うと、ゾッとするな。


 炭火で炙られるように、ねちっこく言われるぞ。

 何か「式」が付く行事があるごとに、多分一生だ。


 「疑わしいですわ」


 「嘘じゃないですよね」


 「本当に決まっているだろう。この店が言ってた店だよ。早く入ろう」


 お昼も大分過ぎていたので、店の中は、ガラガラに空いている。

 三人一緒に座って、ミートパイがメインの定食を頼んだ。

 こちらでは「肉詰め包」と言うらしい。


 「〈タロ〉様、迎えに来てって話を忘れていたのですか」


 「忘れたんじゃ無いよ。そんなこと言ってたかい」


 「まぁ、聞いていなかったのですか。〈クルス〉ちゃん、言っていましたよね」


 「そうです。私も聞きましたので、ずっと待っていました。

 他の子はどんどん呼び出されて行くので、寂しかったです」


 「人が多かったし、聞き洩らしたのかも知れない。謝るよ。

 二人の制服姿に見惚れていたのも、原因かもしれない」


 「見惚れていたなんて、あんなに近くで見せましたわ」


 「私も、わざわざ着替えて見せましたよ」


 「何回見ても、素敵なんだよ」


 「まぁ、〈タロ〉様は」


 「もう、〈タロ〉様は」


 褒めたら二人とも、ぐっと怒りが収まってきたぞ。良かった。


 注文していたミートパイも出来上がった。

 炭火で焼いた素朴な味だが、香草が程よく効いて、まあまあ美味しい。

 パンもスープも、不可でもなく適でもない。


 二人もお腹が空いているんだろう。モグモグと頬張って食べている。


 腹がくちくなったら、二人とももう怒ってない。

 食べて満たされるということは、人間の本能で、感情にダイレクトに影響する。


 〈アコ〉のお腹のためにも、怒らせないようしないとな。


 「何ですか〈タロ〉様は、じっとお腹を見て。いやらしいですわ。

 夕食は減らしますから良いでしょう」


 〈クルス〉は、良く分からなくて、怪訝な顔をしている。


 「ところで、〈タロ〉様。〈リィクラ〉さんは、昼から来られるのですか」


 「えっ、来ないけど」


 「そうでしょうね。

 学舎町から出るには、護衛が必要だと知っておられますか」


 「いいえ、知りません」


 「良いお返事です。間髪を入れずに答えられましたね」


 「それほどでも」


 「ふー。仕方がありませんね。今日は学舎町でお買い物をしましょう」


 「そうですね。学用品を買わなければなりません」


 「最初は健体服を買いに行きましょう」


 右側の《白鶴》の方に歩いて行くと、学舎町の中では、比較的華やかに服をディスプレイしている店があった。


 一緒に付いて店に入ろうとすると。


 「〈タロ〉様は、外で待っていて下さい。

 ここには、〈タロ〉様に必要な物はありませんわ」


 「そうですよ〈タロ〉様。ここは女の子のお店です」


 「そうなの。分かったよ」


 「直ぐに済ませますわ」


 「早くしますからね」


 そう言われて、僕は学舎町の角に設置されている小さな公園の長椅子で、ポツンと座って待つことにした。


 右端の公園だから、女子が多いが、今日は父親らしき人もいるので、何とか不審者感が薄らいでいる。


 歩いている女子生徒を見ても、〈アコ〉ほど、胸は大きく無いし、〈クルス〉ほど、すらっともしていない。

 やはり二人は特別チャーミングだな。


 〈アコ〉と〈クルス〉と三人で一緒も良いが、どちらかと二人切りにもなりたい。

 いや、是が非でもなりたい。でもこのままでは難しいな。


 それにしても、遅いな。もう一時間以上経っているんじゃないか。


 ようやく出てきた二人は、大きな紙袋を抱えている。


 「沢山買ったんだな。それで時間がかかったのか」


 「ここのお店は種類が少ないので、そんなに買っていません」


 「私は五人部屋なので、派手な物は買って無いです。健体服が嵩張るんですよ」


 〈アコ〉に比べると〈クルス〉の方が買う量が少ない。

 僕が事前に渡したお金で買っているのもあるが、貴族と平民の金銭感覚の違いもあると思う。


 〈アコ〉は派手な何かを買ったようだから、後々見せて貰おう。


 「健体服ってどういう服なの、一回見せてよ」


 「これは、男子には見せてはいけない服なのですよ」


 「規則で決められているので、〈タロ〉様でもダメです」


 「えー、着て無くてもダメなの」


 「そうなのです」


 「規則でそうなっています」


 どうせ体操服みたいな物だとは思うが、見せてくれないと、余計に見たくなる。

 いつか着ているところを強引でも見てやるぞ。


 ブラック校則は打破すべし。


 次は僕の武体服だ。


 店は学舎町の左側、《黒鷲》の近辺にあった。

 僕が店に入ろうとすると、二人も構わず入って来る。


 「二人とも入るの」


 「間違えると大変です。嫌なのですか」


 「〈タロ〉様が、正しく買うか見ておく必要があります。何か問題でも」


 そんな子供じゃないんだけどな。学用品くらい買えるよ。

 この世界では、十五歳は大人だろう。

 女の子では、早くも結婚する人がいると聞くぞ。


 だが、二対一では言い争いには勝てない。ボロ負けだ。


 仕方が無いので、武体服のサイズを色々出して貰って順番に着てみる。

 サイズだけで買おうとしたら、試着もしないで買うのは、許せないと二人に宣われた。


 試着する度にあれこれ言うので、かなり時間がかかる。


 結局、最初のサイズだけの注文と同じ物になった。


 武体服は、柔道着と作務衣を合わせて二で割ったような形の服で、丈夫な刺子の綿で出来ている。

 二枚の布の間には、衝撃を吸収する特殊な素材も入れてあるらしい。

 頭部を守るヘッドギアみたいなものには、素材がより多く使われて、頭への衝撃をカバーしているようだ。

 籠手もブーツも、頭部と同じような造りだ。


 こんなものに、細かいサイズがあるわけ無いよ。


 全くの徒労だが、二人は僕の武体着姿を品評しながら、楽しそうに笑っている。


 まさか、制服に着替えるのを強要して、舐めるように見た、復讐か。


 ついでに、下着も買っておこうと何枚か勘定台に持っていった。

 その時は、二人とも少し赤くなって、見ないように顔を背けている。


 なんだよ。下着は間違っても、正しく無くても良いのか。

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