第71話 岩塩は《ラング》産

 ふと我に返って、僕の合格発表はどうなっているんだろう。


 《黒鷲》の看板を見に行くと、十人しか掲示されていない。


 〈クルス〉も、


 「あれ、おかしいですね。〈タロ〉様の名前がないです」


 と困った顔をしている。


 えっ、なんで。マズイぞ、これは。


 でも、〈アコ〉も合格発表の話はしていなかったな。


 そうだ、貴族の試験は建前だけだから、発表する必要もないんだ。

 無駄なことはしないってことだ。


 ガチの、騎士爵の子弟だけ、発表するから十人なんだ。


 狼狽から、考えが纏まって、横を見たら、〈クルス〉が「うふっ」って顔で、

素知らぬふりをしている。


 〈クルス〉に、ハメられた。

 こんな事もするんだ。


 張りつめていた状況から開放されて、心が高揚しているんだろう。


 よもやと思うが、仕返しじゃないだろうな。


 心がウハウハと領地に飛んでいる〈ハヅ〉を、こちらに引っ張り寄せて、四人で帰途についた。


 〈クルス〉は、〈ハヅ〉と〈リィクラ〉にお祝いを言われて嬉しそうだし、僕は肩の荷が下りてほっとした。

 たぶん、万事順調だ。



 店に帰ると、〈カリナ〉と心配で駆けつけた〈アコ〉が待ち構えていた。


 〈クルス〉が合格を告げると、〈カリナ〉が「おめでとうございます」と祝福し、〈アコ〉が〈クルス〉に抱きついた。


 僕を挟んでほしい。


 〈クルス〉が無事試験に受かって、極めて喜ばしい。


 僕も〈アコ〉も、名前を書いて入学を決めた。

 まぁ、お目出度いことには、違いない。


 そこで、また有名店から、料理を配達してもらうことにした。

 皆でパーッとお祝いをして、明日への英気を養うという趣旨である。


 今回は、皆の希望で、牛肉の串焼きになった。

 岩塩をまぶして焼く、シュラシコに似た料理だ。


 もちろん、岩塩は《ラング》産に決まっている。


 〈クサィン〉の店が卸している中で、一番美味しい店を教えてもらった。

 他店が気分を害するから、くれぐれも、内密にしてくれと言われながらも、領主特権で聞き出した成果だ。


 お祝いの中心は、〈クルス〉だから、〈クルス〉の実家に敬意を表そうと考えたんだが、店の方は、そう思って無いかもしれないな。


 届けられた牛肉の串焼きは、一キロ以上ある塊肉だ。

 肉の種類は、サーロインやランプなど、様々な部位が揃っている。


 牛一頭を、余さず料理するという気構えが感じられて、何とも剛毅じゃないか。


 残らず食べないと、牛と料理店に失礼に当たるぞ、これは。


 会食メンバーの五人を見ると、獲物を狙う獅子のような目で、塊肉を凝視している。


 牛肉の串焼きは、平民の口には、中々入るものでは無いらしい。

 頼もしいが、目つきが怖い。


 肉を巡る熱い戦いが、今、繰り広げられようとしている。


 僕の簡単なお祈りの後、皆一斉に肉にかぶりつく。


 正面に座っている〈ハヅ〉は、串を両手で持っているし、女性陣も大きな肉にかぶりついている。

 いつもは、小食の〈クルス〉も、ニコニコと嬉しそうだ。


 〈アコ〉が肉をかじっているのを見ていると、


 「〈タロ〉様、お肉を食べている口元を見るのは、趣味が悪いですわ。

 後にして下さい」


 後なら良いんだな、唇を凝視して、プニュっとしたお肉をかじってやるぞ。


 〈リィクラ〉の口の中に、次々と肉が消えていくのが、手品みたいで面白い。

 その横では、〈カリナ〉が幸せそうに、肉にパクついている。


 僕も負けてはいられない。

 近くにあった肉の塊に、大口を開けてかぶりついた。


 燻製みたいな、何とも香ばしい匂いがする。

 脂と秘伝のタレが、炭火に滴り落ちてついた香りだ。


 肉は思ったより固くなく、噛むと肉汁が舌の上を勢い良く流れていく。

 脂の甘みと肉の旨味が渾然一体となって、肉への欲望を満たしていく。

 肉の繊維を歯で断ち切る感触と、肉汁が喉を通る感覚が、原始の本能を呼び覚ましていく。


 なるほど、獲物を狙う獅子のような目になるはずだ。


 野趣あふれるうまさだ。

 単純に美味しい。


 塩味で、炭火で焼いただけだが、なのに奥深い味もする。

 タンパク質に両手を挙げて万歳だ。


 違う部位も食べなくてはと、手当たり次第に肉を食べていく。


 味が濃いのにしつこく無くて、いくらでも食べられるぞ。


 次々に肉を食べていたら、〈クルス〉が玉ねぎの串焼きを、僕の口に押し込んできた。


 うっ、何だ。


 「〈タロ〉様、お肉をばかりでは、栄養が偏ります。

 野菜も食べてください。健康のためですよ」


 そうだ、将来〈クルス〉に健康管理を任せると言った気もする。


 「〈タロ〉様、〈クルス〉ちゃんの言うとおり、お肉をばかりでは、病気になりますわ」

 〈アコ〉も便乗してくる。


 最近は、僕に慣れたのか、かなり気安くなってきている。

 最初の頃にあった、遠慮がちな雰囲気がなくなった。


 良いことなんだろうが、あまり正直に言われるのも、善し悪しだ。


 「そういう、〈アコ〉も肉ばっかり食べているぞ」と、


 小さな緑のとうがらしが、乗っているだけの皿を指さして言ってやった。


 「でも、こんな美味しいお肉の誘惑に勝てませんわ。ねぇ、〈タロ〉様」と

 困っちゃったという顔で僕を見てくる。


 残念だけど、今は、誤魔化されないぞ。エッチな展開じゃないからな。


 「僕も食べるから、〈アコ〉も野菜を食べろよ。玉ねぎも美味しいぞ」


 健康に良いのはその通りだし、〈クルス〉に言われたら、僕は野菜を食べるしかない。


 〈アコ〉は「えー」って言ってるが、当たり前だが道連れだ。


 それからは、三人で仲良く野菜を食べた。

 野菜もバカにしたものではなく、ほど良く炭火で焼かれて甘い。

 秘伝だけあって、タレも美味しい。


 あれだけあった肉も全て、皆のお腹に収まって、今は野菜を食べている。


 〈リィクラ〉は、野菜も手品ように、かき消しているし。

 〈カリナ〉は、隣で幸せそうに、野菜をかじっている。


 〈ハヅ〉は、腹を抱えて「ふー、ふー」と苦しそうにしている。

 考えなしに食べるからだよ。

 ニヤって笑ってやった。


 野菜も半分は〈リィクラ〉が食べた感じで、大量にあったご馳走は完食だ。


 これで、牛と料理店に顔向けができる。

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